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覚める夢なら悪夢で良い
*とらあなED





迷いなく進んでいたアキラの足が、唐突に止まった。
買い込んできた食糧を詰めた袋を抱える手に、ゆっくり力が入っていく。
日が沈み、暗がりの中ぼんやり道が見えるだけだった路地の先、突如として光が現れた。
敵なのか。
しかし害意らしい害意を向けるわけでもなく、なにより気配がない。
ナイフの柄に手をやり、息を凝らしたアキラだったが、次の瞬間固まってしまった。
てっきりライトの光だと思ったそれは丸く、しかもふわふわ漂っていた。
目を見開く彼の眼前で、光はさまよっていたかと思うと、消えた。
現れた時と同様、いきなり。
光がなんだったのかまるで理解出来ないまま立ち尽くしていたアキラの頭を、なにかが叩いた。
縮み上がり、振り返るなりナイフの切っ先を突きつけた相手は、シキだった。

「…シキ?」

気の抜けた声で名を呼ぶアキラを鼻で笑い、シキは黙ったまま歩き出した。
迎えにきた、というわけでもないらしい。
とりあえず彼の背中を追ってはみるものの、どういうわけか闇は深くなるばかり。
第一塒までこれほど歩いた記憶はない。
どこにいくというのか。
移動するならすると、シキは言うはずなずなのだが。
そこで、ふと前を見たアキラは、足を止めた。
いつの間にか、シキの姿を見失ってしまっていた。
周囲の景色も判らない闇の中、しばし呆然と、闇を見、アキラは歩き出した。
止まっていても仕方がない。


そう決心したのは、何時間前だったか。


アキラがひたすら歩いている闇に、果てはないらしい。
果たしてどこが地面だったか、それすら判然としなかった。
シキは、行ってしまったのだろうか。
先程から繰り返し繰り返し頭を駆け巡る考えを振り払って、しかし歩いてもどうにもならないのでは仕方ない。
何度目か判らない嘆息をついた時だった。
再びあの光が、姿を現した。
元はといえばこの光のせいで。
疲労からだろう、うまく回らない頭ではあったが、腹の底から怒りが沸き起こる。
光に対してだけではない。
何故か消えてしまった、シキにも。
きっと光を睨み、アキラは大股で近付いていった。
そばで見た光は、形容しがたい色をしていた。
とは言っても今はそんなことは関係がなかった。
かなりそばによっても温度らしい温度がない、動き回る光を、アキラは鷲掴みにした。
その後のことなど考えていない行動はとってはいけないと判っていても、そう気が長い方ではない彼には、限界だった。
食糧を抱えたまま闇をさ迷うなど、もう結構。
元凶と見なされた光は、動きを止めた。
そして不意に、アキラの立っていた床が抜けた。
息をのむ間もない。
アキラは落下する感覚にきつく目を閉ざした。



ややあって、彼に当たったものは固い地面ではなかった。
冷水である。
しかも顔のみが濡らされた。
落ちていたはずなのに、何故水。
アキラの頭の中はひどく混乱し、なんとか目を開け、そして

「……シキ?」

コップを持ったシキは、限り無く無表情ながら、不機嫌そうだった。
確認も兼ねて顔に触れると、思いの外柔らかい頬に当たる。
周囲を見れば、夜であるから暗いのは仕方がないとして、現在使用している塒である。
あれほど深い闇は、ない。

「やっと起きたか?全くやかましい」

寝ていた?
アキラは収拾のつかない思考を空回りさせたまま、目の前のシキをみる。
いつもの嫌な笑みを浮かべた彼は、やはりいつものどこかずれた考えに基づき、妙なことを口走っていた。
確かにシキだ。

「…あんたがあんたらしくてよかった」
「言っている意味が分からん」
「いいんだ、こっちの話だから」

夢でよかった。
シキは、ここにいる。
アキラは安堵の息をついて、微かに笑った。
夢だというならもういい。
今はそれよりも、濡れてしまったシーツをどうするかが、問題だ。





覚める夢なら悪夢で良い


 


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あきゅろす。
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