短
麗人の食欲
*とらあなED
アキラは、黙々とフォークを動かし続けた。
シナモンティーやら昼食代わりのドリアに手を出すわけでもなく、サービスで運ばれてきたパンプキンパイを、ただひたすら食べていく。
そもそも甘いものが好きではないシキにしてみれば、どうでもいいことである。
ただ、あまりに見苦しい。
少なくとも、この小綺麗なレストランに見合ったマナーでは、ない。
なにしろフォークの握り方からしてむちゃくちゃだ。
食べ物に刺すことが出来ればいいとでも考えているのだろうか。
つい、勘ぐってしまう。
「…食べないのか?」
不意に、思い出したかのようにアキラは呟いた。
おそらくパンプキンパイのことを言っているのだろう。
シキは、黙ったままアキラの目を見た。
不安が隠しきれていない。
全て食べてしまいたいという欲求が、ありありと浮かんでいる。
食べたいならば食べればいいだろうに。
重々しいため息の後、彼は答えた。
「いらん」
「いいのか、かなり旨いけど」
嫌がらせで食べ尽くしてしまおうか。
思わずフォークを握り、皿を引き寄せた瞬間、アキラは血相を変えて残りのパイへフォークを突き立てた。
目にも留まらぬ早さであった。
刺してから、アキラは自分がなにを行ったか気づいたらしい。
蚊の鳴くような声を上げて、固まった。
二人は見つめ合ったまましばし硬直し、
「食いたいのならば素直にそう言え」
ややあって吐き捨てたシキへ返す言葉が見つからないのだろう。
押し黙って視線を若干伏せながらも、パイに添えられているホイップクリームをつつくのに余念がない。
見るに見かねて、シキは意識的にアキラを視界から外し、シナモンティーを一口啜った。
しばし向けられる視線が動くことはなかったけれど、これ以上なにも言われないと理解したらしい。
アキラは再びパンプキンパイを食べることに熱中し始めた。
かつてからすれば大分成長したと思ったのだが、まだ子供か。
すっかり温くなってしまったドリアを口に運びながら、シキは思った。
小さいながらホールで出されたパンプキンパイは、もう一口大しか残っていない。
それを口に運ぼうとしたアキラが止まった。
視線をさまよわせて、なにやら逡巡している。
なんとなく、アキラのしようとしていることは理解できた。
だからシキは、先程まで使っていたスプーンを置き、言った。
「取ったものは自分で食べろ」
その一言に、固まっていたアキラの左手が動いた。
最後のパンプキンパイを名残惜しそうに頬張り、ゆっくり咀嚼する。
嚥下し終えると、フォークを皿へ置き、とっくに冷めていそうなシナモンティーを一気に飲み干して、アキラは言った。
「ご馳走様」
麗人の食欲
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