[携帯モード] [URL送信]


見返り地獄
*ED3





振り返るまでもなく、シキは背後になにがいるのかを把握していた。
向こうは気づかれていないつもりだろうが、甘い。
歩幅を広くして歩き出すと、殆ど走っているらしい、素足独特の足音もついてくる。
かわいらしいといえば、かわいらしいのだが。
いきなりシキは振り返った。
慌てて柱の陰に身を隠した追跡者のそばへ歩み寄り、その首根っこを掴んだ。

「…失敗」

舌を出し、あっけらかんと言い放つアキラを離してやり、シキは返した。

「邪魔だ。部屋へ帰っていろ」

それ以上の反論を許さず、シキは執務室へ入っていった。
瞬間向けられた強い視線は、黙殺して。




その晩、シキは残務処理を終えて、回廊を歩いていた。
月には雲が懸かり、照明らしい照明のない城内は薄暗く静まり返っていた。
きっとアキラはむくれているに違いない。
待ち受ける機嫌取りに煩わしさを覚えながらも、ゆっくり進めていた足が止まった。
回廊の先に、アキラがいた。
俯いているせいで表情はよくわからないが、左手には、ナイフ。
また妙な遊びを考えたなと、口を開くより早く、

「シキぃ」

甘ったるい声は、背後から掛けられた。シキは目を見開き、そして硬直した。
彼が先程見たアキラは、姿見に映った鏡像だった。
更にいつの間にか、背後からしがみかれている。
声や見える腕の細さからして、アキラだろう。

「もっと早く帰ってきてよ」

伸びてきた手が、腹で結ばれる。
童のような無邪気な笑い声が、今はなにやら不気味だ。

「ねぇ、シキ?なんか言って」

今背後を見てはいけない。
直感的に察知したシキは、結ばれた手を掴んで、わずかばかり力を込めた。
痛みで固くなった体をふりほどいて、漸くシキはアキラを見た。
彼は、掴まれた手首をさすりながらふてくされた顔をしていた。
そこに、先程感じた脅威は見受けられなかった。

「言うのは貴様だろう。なんの真似だ」
「…イタズラ成功したからさ、飴ちょうだい」

意味が分からない。
嘆息したシキだったが、しばし考え込んでやっと理解した。
そういえば、今日がそうだった。
しかしアキラは、なにか勘違いしている。
訂正しようとしたシキは、しかし結局口を噤み、軽く笑った。
勘違いしているなら、させたままのほうがいい。

「だめだ」

途端に、どこで覚えたのか口汚い罵声が飛んでくる。
それを聞き流してやり、静かな声音で告げた。

「俺がまだお前に悪戯をしていないだろう」
「え、…ああそうか。シキもしなきゃいけないのか」

あっさり信じ込んだアキラを見、シキは内心ほくそ笑む。
ここまでやられたならば、それ相応の悪戯を仕掛けねばならない。
飴は、明日でもよかろう。
立ったままふらふら手を揺するアキラの体を抱き上げ、私室へ向かう。
常日頃とは違う、嫌な笑みを浮かべるアキラに、気づくことなく。





見返り地獄

 
 


[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!