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廃棄された正常
*ED2





親衛隊長が雲隠れした。


早朝囁かれた噂である。
あの親衛隊長が総帥の傍を離れるなど戦場くらいものものだ。
そうして笑い飛ばされていた。
しかし、どうやら本当らしいということが判るにつれて、兵達の脳裏を先日の悪夢がよぎった。

総帥の勘気によって犠牲となった兵は約十名。あれはものの数時間だったのに、今回は倍近い時間だ。
最早廊下を行き来することすら叶わないか。
半ば覚悟を決め、通常業務を行っていた彼らが見たものは。


「ご苦労」


なんら変わらないシキ総帥であった。
違いといえば、親衛隊長がいないことくらい。しかも衛兵に向かって労いまで掛けてくれる。
思わず感動の涙を滲ませ、より一層の奉仕を心に決めた彼らだったが、突如発生した鈍い音へ、視線は自然と集まった。

見れば総帥が扉に頭から突っ込んでいた。
執務室前は、時が止まったかのように静まり返った。そんな中、響きだしたのは総帥の笑い声。
普段と違う、なにやら高いトーンの。

「全く…全く以て愉快だな、アキラ…この俺をここまで楽しませるとは…」

そこに、先程垣間見た抜群のカリスマ性を持った従うべき主君はいなかった。
余裕なのかと思われた彼は、その実臨界点を突破していたらしい。
彼はいきなり刀を抜き放ち、執務室へ通じる扉を一刀のもと切り捨てた。
尚笑い続ける総帥は、明らかになにか違うものを見ているようで、なにもない空間へ語りかけ続けている。
あまりに恐ろしい。

現場に居合わせた兵達は示し合わせたかのように後退り、少しずつ総帥から距離をとっていった。
細心の注意を払っての行動だったのだが、総帥はいきなり彼らを見た。
赤い目が、細められた。
つり上がった唇が、開く。

「そこにいたか、アキラ」

遺書を認めてくればよかった。
彼らは一様に、そう考えた。



親衛隊長がどこからともなく帰還したのは、その日の夜であった。
深夜に繰り広げられた壮絶な口喧嘩を経て、彼らが元の鞘に収まるまで、血は流れ続けるのである。





廃棄された正常

 
 


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