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side→海






透明なテーブルに乗った一人分の夕食。

それを用意したのは僕。
それを食すのは、


…いない。なんて、駄目だよ?

だって栄養も考えてるんだから。











人が折角レンジからクリームシチューを取り出して、冷蔵庫のレタスやトマトなんかを盛り付けして、ついでに僕特製オリジナルのさっぱりした後味のドレッシングなんかを疲れて帰って来た翔の為に、不本意ながら、ひと手間かけて作ってやったのに、


“やっぱいい。”


なんて一言で片付けられてしまったら心の広い僕だって少しは怒るというものだ。



“いらないって…”そう言う翔に、


“座って口を開けてくれれば良い。”そう僕は言った。







「それで?」


取り敢えず、今日の半日で翔の身に起こった事を僕は聞いた。まあ、大雑把にまとめれば翔のバンドの一大事、もしくは危機なんだろう。


「だから、疲れた。…んで…、ふご!、ふぉーふぉふぉふぁふぁふぁふぁ」
「…取り敢えず分かるけど食べてから喋ってね?」


翔は一瞬不服そうな顔をしたけれど、それからもぐもぐと口の中のものを咀嚼しだした。


「んぐ…」
「“もーのどカラカラ”なんでしょ?で、この時間帯って事は、差し詰め里中さんに邪魔されて問題は未消化ってとこ?」
「…里中さんって?」
「学校の警備員の、里中さん」


学校の警備員の名前すら知らなかった翔は、ふーん…、的な感じの顔。まあ僕が知っていたのも結構(?)、お世話になったりしてるからってだけなんだけど。


「…なあ、」
「……ん、」


猫舌な翔の為に“ふーふー”と、スプーンのシチューを冷ましていた僕はふと目線だけを翔に向ける。…ま、実際前髪で隠れた瞳なんて翔には見えてもいないんだけど。


「…なあ、どうしたら良い?」
「どうしたらっ、て…」
「だって俺とカケルじゃ分かんねえし…」


そう言って僕と翔の間に彷徨っていたシチューが乗っかったスプーンを、正確には僕の手を掴んで自分まで寄せて、パクっと食べた。欲しいと言ってくれれば翔の口まで運んだのに言わなかったのは、恐らくただの意地だろう。


「…第三者からの目線で聴いて欲しいなら、一度聴いてみようか?」
「…頼む、」


一度自分の中で考えたのだろう、翔らしくない声の小ささで頷いて答えた。間を置いた事に関してはやっぱりアーティストの端くれだな、と苦笑。
“中途半端を聴かれたくない”なんて、以前、部屋で練習してた時に翔が言っていたのを思い出しながら、思う。


“やはり今回は翔の奴、相当思い詰めてるんだ”


…なんて。
そう思いながらショルダーバッグの中から取り出したテープを受け取る。


「ついでに歌詞の紙も貸して?」
「何で?」
「だって今回も作詞は翔でしょう?」


そうだけど、そう言う翔から歌詞の書かれた紙を貰い、翔から僕への受け渡しの瞬間ちらりと目に映ったのは、何度も傍線で線を引かれては隣に書き足された単語達だった。

言葉をなくす僕に翔は乾いた笑いを洩らす。


「はは、今回に限って何にも湧いてこなくて、さ」
「…珍しいね」
「だろ?俺、スランプかも〜…なんて…、」


笑いながらそう言う翔に、なんて言葉を掛けてやればいいかなんて正直僕には思い浮かばなかった。



ただ、その笑顔は翔には似合わなくて。
ただ、その笑顔は痛々し過ぎて。


「…我慢しなくて良いんだよ?」


俯いて黙っていた翔にそう言えば、その体は微かに震えた。


「…メシ、ありがと。オヤスミ」


同じように震えた声でそれだけ言い残すと、ショルダーバックだけ引っ掴んで翔は自室に行ってしまった。


「…うん。オヤスミ」


僕の返事は多分翔には聞こえなかっただろう。…それは別に良いけれど。
強がりな双子の弟に、ひとつ、溜息。


「嗚呼、幸せがまた一つ逃げていった、」


僕の声は一人のその空間に浮かんで消えた。









(…まずは夕食の片付けをして、それからだ。)

翔の所為で少しズレてしまった、この後の僕の行動スケジュールを脳内で再構築する。“幸せが逃げた”のは、この手間の事だと良い。



…片割れの不幸せ≒僕の不幸せ、なのだから。非科学的に非論理的に、そう。…だけど不安だから。



そう思いながら、自分でも器用に運べると言える、それこそ何処かのハンバーグ店のウエイトレスのような、華麗な皿持ちを披露し(と言っても誰も居はしないのだが)、キッチンに立つ僕は黙ってスポンジを持ったのだ。







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あきゅろす。
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