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風のフアレク
7―2


それから一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。ふと青年は、肩をつつかれる感触に気がついて、閉じた瞳をぼんやりと開いていた。

そうすると、焦点の定まらないぼやけた視界に浮かび上がってきたのは、一人の女の顔だった。

「おはよう」

「お前は……?」 

青年の目の前にしゃがみこんでいたのは、一人の女だった。

女は、口元に布のマスクをつけたまま、切れ長の二重瞼を細め、その気まぐれな目つきで、青年の顔をじっと眺めている。

青年はその声の響きから、記憶の糸を無意識的に辿っていた。そうしてみてから、今彼の目の前にいるその女が、先刻に背後から彼の身を捕らえた、例の女なのだと気がつくのに、そうは時間はかからなかった。

闇の中で捕らわれた時はともかくも、役人達の部屋に突き出された時も、青年はその女の姿にほとんど目を向けていなかったのだ。

一体何をしに来たのか、青年は忽然と現れたその女の行動に合点がいかず、悪夢に飲み込まれたような先刻までの気分も忘れて、その目を純粋な好奇の眼差しを持って見返している。

やがて、沈黙を破ったのは女の方だった。

「あんたね、明日の暮れの刻に、斬首だって」

その鼻にかかる柔らかい声質とは裏腹に、彼女が紡ぎだした、あざ笑うかのような冷酷な言葉は、穏やかさを取り戻しつつあった青年の心を、再び絶望のどん底へと突き落とし、それと同時に彼の心には、気分を弄ばれたことへの怒りが、ふつふつと湧き上がってくる。

「くっくっそうかい、別にいつでもいいけどよ」

青年は苛立ちを抑えつつも、できるだけ嫌味に聞こえるようにそう吐き捨てるが、当の女の方は、あからさまな皮肉を浴びせられたことに対しても、取り立てて表情を変える様子はなかった。

「あのね……」

「用がねえなら失せろ!」

「しッ! 大きな声出しちゃダメ!」

ついに感情をむき出しにする青年に対し、女は自らの口の前に人差し指を立てて、丸め込むような、とげのない口調で必死になだめようとする。

青年は女のとる行動にますます合点がいかずに、呆けたような表情をしてみせるが、そうしているうちに女は、静かに口元を覆っているマスクを、顎の下まで下げる。

次第に焦点が合わさっていく青年の目に、その女の顔立ちも、よりくっきりと浮かび上がってくる。

両の目の下にある小鼻は、三日月のようにせり出しており、口元は小さく整ってはいるが、その顔は見るからに狐とそっくりだ。

女の年齢は、容姿から察するに、おそらくはこの青年と同じ程度、二十歳前後だろうか。

その容貌は掛け値なしの美貌というわけにはいかないが、しかしながら、辺り全体の暗さも多分に手伝ってか、青年にはとても美しく映えてみえる。 

そして何よりも、その女の濁りのない気高い眼差しが、彼の両の目をまっすぐに捕らえて離さない。

青年は、段々と透き通った息が自らの肺を満たし、一度は失った活力が、再び体の奥底から溢れ出してくるのを感じていた。

「あのね…」

先刻遮られた言葉を再び語りだそうとする女に、青年も今度は心を静めて、耳を傾ける。

「きいたよ。あんた、さっきの尋問であの盗人共を……あんなやつらのことを……かばったんだってね」

「……」

「あいつら、あんたのこと売ったんだよ」

仕方がない。おそらくは厳しい拷問に耐えかねてしまったのだろう。段々と語気を強めまくしたててくる女にも、青年は口を噤んだまま答えようとはしない。

「あんたが黙秘を通したせいで、あいつら、あることないこと全部の罪を、あんたになすりつけようとしたんだ」

「……」

「何であんたはあんなやつらを……」

「命を、助けてもらったからな」

「そっか……」

 女の言葉を遮って、ようやく口を開いた青年のその答えに、彼女は少しばかり俯いて、何事か考えている様子だった。

女は、やがてためらいながらも、何事か決心したように、青年の顔へと視線を戻して言う。

「ねえ、わけを聞かせてくれない?」

「え……?」

「ここに来るまでに、一体何があったのか。その経緯の一部始終を。あんたやっぱり……あの盗人共と同類には見えない。
本当のことを知りたい」



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