[通常モード] [URL送信]

風のフアレク



とある日のことだった。

フアレクとクィアラは、市に買出しにでるために山里を下り、拓けた町の中心部に来ていた。

出店の並ぶ大通りは、往来人の行き来も多く、この日も活気に溢れている。

二人は、一通り買出しを済ませた昼下がりに、通りをのんびりと、並んで歩いているところだった。

ふとしたはずみに二人は、ちょうど自分達が歩いているところから、一本外れた通りに、やけに大きな人だかりができていて、騒がしいことに気付く。

「何があったんだろうねえ」

思わず顔を見合わせる二人だが、往来平和なこの土地に、人がたかるほど集まる出来事など、そう滅多にあることではない。

二人は興味の赴くままに、その野次馬の群れの方へと向かっていた。

たかる野次馬の輪の後方から、彼らの視線の先を窺うと、彼らが一体何に集まっているのかは、もう幾ばくもしないうちにわかったのだった。


それは、戦争捕虜の群れだった。三十人近くはいるのだろうか。連行される捕虜達は皆、後ろ手に手かせをはめられて、左右前後を見張りの兵士に囲まれながら歩いている。

その様子を、険しい面持ちでじっと見つめているフアレクに、隣にいる野次馬の男が話しかけてくる。

「兄ちゃん、こいつらが何者か知っているか?」

「いや……」

すると男は、どうやらそれを話したくてたまらなかった様子で、にんまりと満足そうな笑みを浮かべる。

「先ごろの帝位を巡っての戦で、皇帝の弟アルクが敗れて死んだことは知っているだろう?
だからこうして、奴に組した残党のやつらも捕らえられて、こいつらも見せしめに市中を引き回した上で、首を刎ねるんだとよ」

「何?」

フアレクにとって、耳にする内容の何もかもが、寝耳に水だった。

フアレクはさらに目を凝らして、捕虜の一人一人の顔を眺めてみると、背筋に電気が走るような衝撃を覚える。

「お、親父……兄貴……それに弟まで……」

そこにいたのはまさしく、彼の一族郎党そのものだった。

「ち、ちくしょう!」

フアレクは大声でそう叫びながら、我を忘れてその行列に飛びかかっていこうとするが、彼のすぐ後ろにいたクィアラは、夫の突然の異変にいち早く気がついていた。

「フアレク!?」

クィアラは、フアレクの体を後ろから瞬時にはがい締めて押さえ、必死に彼の理性に訴えかける。

「落ち着いて! 頭を冷やして!
あんたは今武器も持ってないんだよ。丸腰で向かって何になる」

突如として持ち上がった騒ぎに、周囲の野次馬達は皆、二人の方を振り向いていた。

身の危険を強く感じたクィアラは、興奮冷めやがらぬ夫の気を、何とかして静めると、放心して棒立ちになっている彼の手をつかんで、引きずるようにしながら、速やかにその場を離れることにしたのだった。


その日、家に帰ってからも、ぼんやりしたまま、食事にもろくに手をつけず、ほとんど口を利かないフアレクのことを、クィアラは訝しがっていた。

勘の鋭い彼女は、夜になり寝静まってから、夫が隣り合う布団を出て、音もなく部屋の外に向かっていく様子を、横目でさりげなく窺っていた。

やがて彼の後を追い、立ち上がって部屋を出ようとするクィアラに、何かを感じ取ったのだろうか。赤子は突如として目を覚まし、ついには泣き出してしまう。

クィアラは、一旦赤子の元に寄ると、その頭を優しく撫でて言うのだった。

「大丈夫。あんたの父さんはね、どこにも行ったりなんかしないんだから。
これからも一緒、ずっとずっと一緒……」

しかし、その言葉とは裏腹にクィアラの本心は、恐れで満たされていた。

息子を抱きしめて頬をすりあわせながらも、その体はがくがくと震えていた。そう、彼女の直感は告げていた。止めなければこれが夫との、今生の別れになる。

いつしか泣き止んだ赤子に代わり、彼女の目から涙が頬を伝い流れ落ちていた――


彼らの家の少し外れに位置している、物置を兼ねた質素な馬小屋に、一つの松明の灯りが灯っている。

そして、その灯りの下にいる男――フアレクは、自らの背後に寄ってきたある気配に気付くと、ふと手を止めて苦笑いを浮かべる。

「ちぇ……ばれてたのか。そこにいるんだろうクィアラ」

小屋の中で、剣を腰につけ、愛馬の背に蔵を結んで、戦の身支度を整えているフアレクは、後ろを振り返ることもなく、そうつぶやくように言っていた。

そのうち、馬小屋の柱の影から姿を現したクィアラは、ゆっくりと夫の元に歩み寄っていく。

「……あんた、何してるの?」

「ん、見りゃわかるだろう」

こともなげにそう言い返すフアレクに対し、もはやクィアラは悲痛な胸の内を隠せなくなっていた。

「お願い、それだけは思い留まってフアレク……。
 いくら何でも相手が悪すぎる。あんた、殺されちゃうよ……」

 しかし、クィアラが泣き崩れて夫の背にしがみついてみても、フアレクの目の色が揺らぐことはない。

「悪いなクィアラ。こればっかりは黙って見てるわけにはいかねえんだ。
帰りに野次馬の言葉を小耳にはさんだ。捕虜の処刑はあの街の広場で、明日の正午だそうだ。
クィアラ、俺は俺の一族郎党を助けに行く。お前はここにいて、テムルを守ってくれ」

しかし、当のクィアラは顔中を涙で濡らし、目を真っ赤にして激しくまくしたてる。

「イヤだ! それなら、私もあんたと一緒に戦う!
だって……もしここに居たまま、どうなるかしれない明日のあんたの身を想い続けてたら、そのほうが私……はらわたがちぎれて死んじゃうよ……」

だが、フアレクは妻の両肩を手で押さえ、その瞳を見て訴える。

「クィアラ頼む、あいつは……俺の希望の全てなんだ」

その場にしばし、長く重い沈黙が流れる。

妻は下唇を噛んだまま俯いて、険しい表情を崩さない。

そのうちようやく夫の言葉を受け入れたクィアラだったが、代わりに強い口調で夫に釘を刺すのだった。

「わかった……わかったよ。もうあんた、何言ってもきかないだろうから。
でもねフアレク、これだけは約束して。
必ず……必ず生きて私の元に帰って来て。そして、仲間を助けたなら、これからはもう二度と戦に出向いたりなんかしないって……」

妻のその言葉を聞いたフアレクは、穏やかな笑みを作り、彼女の気持ちを慰めようとして言うのだった。 

「ああ、約束するよ。もう戦はこれっきりだ。
心配するな、死にはしねえよ。俺はな、昔っから悪運だけはめちゃくちゃ強えんだ」

          

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!