短編
刹那の刃
コンクリート打ちの屋上に寝転がったまま、うっすらと浮かぶ空を見上げる。
ぼんやりしていると、遠くから誰が呼ぶ声がした。
「―――刹那ぁ!」
「ぐはぁっ!!」
弾丸のように空から落ちてきた少女が、そのまま腹部に抱き着いた。
内臓が飛び出したかのようなうめき声を上げつつも、刹那はその小さな身体を受け止める。が、その拍子にコンクリートで頭を強打した。
意識がぐわんぐわんしている刹那に気付く様子もなく、少女は抱き着いたまま何度も刹那の名前を呼ぶ。
ようやく回復した頃合いを見計らって、刹那は上半身をゆっくり起こした。
「こら、杏樹…お前、いきなり飛んでくるなって何度言えばわかるんだよ。てか、俺を殺す気か?」
ため息をつきながら、刹那は未だに離れようとしない杏樹を見下ろす。
しかし、杏樹は一向に刹那から離れようとはせず、むしろ『離すものか』と言わんばかり、刹那のシャツをギュッとにぎりしめている。
さすがに無理に引きはがすのははばかられて、刹那は諦めたようにため息をつくと、その頭をポンポンと撫でてやった。
「―――ここにいたのか」
屋上に通じるドアが開いて、男が一人、刹那の前に立つ。
男は二人の体勢を一度見ただけで、今までの事態を正解に理解した。
「俺、何か呼び出しかかってるんですか?」
「いや、お前じゃない。杏樹がまたいなくなったんで探してきてくれって頼まれたんだ………探すまでもなかっみたいだがな」
「北透(タスキ)さん、俺の事何だと思ってるんですかっ!?」
「…………………………エサ?」
「その通りなんですけどそこまではっきり言わんで下さい!素直にへこみますからっ!!」
「落ち着け。杏樹が起きる」
そう言うと、北透は刹那に抱き着いたままの杏樹を指差した。見ると、杏樹は気持ち良さそうな寝息をたてている。
刹那は何か言いたそうに口を開いたが、結局ため息しか出てこなかった。
こうも健やかな寝顔を無防備に見せられると、喉まで出かかっていた物もそのまま戻ってしまう。さらに杏樹が擦り寄ってくるので、諦めたようにその頭を撫でてやった。
ここまでの様子を観察していた北透は、その顔にゆったりとした笑みを浮かべていた。日頃無表情の彼としては、とても珍しい代物である。
「じゃ、杏樹は任せたぞ」
「へ?迎えに来たんじゃないんすか?」
「別に。探してくれってだけだから、連れてこいとは言われてない。それに、杏樹にしたらお前の傍にいた方が安心して寝れるだろ」
「あ、ちょっと北透さん!?」
そう言うと、北透は片手を軽く挙げると早々に屋上を後にする。後に残された刹那は、その後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。
しばらくぽかんとしていた刹那であったが、健やか過ぎる杏樹の寝息が耳に届く。
それを聞いているうちに考える事が馬鹿らしくなり、刹那はもう一度ゴロンと横になった。
青い空はどこまでいっても青く、白い雲が透き通っていく。
撫でる指先には杏樹の黒髪がするりと落ちる。
しばらくすると、一度過ぎ去ったはずのまどろみが刹那を誘う。
「……………ねみぃ」
一度だけ呟いてみると、もうダメだった。目をつぶり、完璧に眠る体勢になる。
瞬間的に刹那の意識は落ちた。
「―――とはいえ、何もホントに寝なくてもいいだろうが」
未だに寄り添って眠る二人を見下ろしながら、北透は呆れたように呟いた。
心地良い風が渡り、北透は軽く髪を押さえる。
それでも気持ち良さそうに眠り続ける二人にしばらく見ていた北透だったが、無言のまま二人の隣に座り込む。
二人を見ていると、北透まで眠たくなったのだ。
ぼんやりと空を見上げたまま、北透も静かに目を閉じた。
―――しばらくして、三人を探し回る声が響いた。
end.
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