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銀細工の蝶
紫と紅

 一瞬、何かを感じて隙ができたものの、ふわりと目前を過ぎる剣先を受け流した。美しい孤を描いたその先は、使い手の性格を表すようにまっすぐ突き進む。

 体制を立て直すため離れた所に着地するが、さらに追い撃ちが来る事はなかった。

 薄紫色の髪を欝陶しそうに払いながら、赤紫の瞳で大剣を持つ青年を視界に捉える。

「髪が欝陶しそうだな。いっその事バッサリ切っちまえば?」

「出来るなら苦労しない」

 呆れとも諦めともつかないため息が漏れる。

 〈紫雷覇皇(しらいはおう)〉―――――それが彼の宿した巡り神の名である。

 巡り神の核である神の欠片にはその根源である神に関する情報が組み込まれており、その情報通りに巡り神は形成される。〈紫雷覇皇〉の髪は腰にかかる程に長いため、彼が切ったとしても次回には元に戻ってしまうので、最近諦めることにした。

 それに対して、相対する青年―――――〈紅勒龍皇(こうろくりゅうおう)〉の燃えるような紅い髪は短く、喜々とした金色の瞳を向けてくる。

「そういえば、今日は緑芳がいないな」

「別行動中だ。そう言う貴様こそ、蒼空はどうした。ついに愛想を尽かされたか」

「なぁんでそうなる!つか、愛想尽かされる以前にそんな関係じゃねえ!」

 紫雷は、あえて返答しなかった。そんな風に思っているのは彼だけであるという事実を改めて教えてやるほど、親切ではない。

「てか、今日のおまえ本当にやる気あるのか!ちょこまか逃げ回りやがって!」

「なければわざわざこんな所に来ない」

「…………その余裕がなんかムカつく」

 紅勒は、諦めたようにため息をつき、大剣を担いで跳んだ。着地したのは紫雷がいる屋根の近く。

 両者とも、臨戦体制に入っている。

「…そういえば、緋彩の奴どこ行ったよ」

「知らん」

「はぁ?アイツまた職務放棄か」

 ここにいるべき人物―――――〈合戦見届け役〉である緋彩の姿が無いことに今気がついたらしい。

 が、

「ま、別に問題ないか。ちょびっと不安だがな」

 紫雷は薄く笑う事で、賛同の意を表した。

「そういう事で―――――さっさと決着つけようか?」

 〈紅勒龍皇〉は、誘うように大剣を構えた。金色の瞳は、実に楽しそうに見える。

 対する赤紫色の瞳からは一瞬表情が消え、微かな音すらたてずに刀を構えた。

「決着……つくといいな。というか、つけていいのか?」

「どういう意味だよ」

「結果がわかりきってるからだ」

「はっ!言ってろ」

 瞬間、さっきまでとは打って変わって、張り詰めた緊張感が漂う。

「―――――ぅらっ!」

 威勢のいい気合いと同時に先に動いたのは紅勒。手にした大剣の重さを感じさせないスピードで切り掛かる。

 彼が一度大剣を振るうと風が大きなうねりを上げ、ごぉっと大きな音をたててその刀身に絡み付く。

 が、刃が届く頃にはその人影はなく、虚しく空を切り裂いた。

 瞬間、背後に振り返りながら右足を回し蹴り上げる。

 ふわり、という表現をそのまま絵に描いたような動きで後ろに退き、紫雷は薄紫色の髪を夜風に靡かせながら刀を構える。すでに動いていた紅勒の大剣がほんの目前にまで迫っていても、特に表情も変えずに受け止めた。

 鍔ぜり合いともなれば大剣の紅勒に優勢なのにもかかわらず、紫雷は至極冷静に状況を見ていた。

「うぉっ!?」

 ガクッと紅勒の体が前のめりに傾く。不意に紫雷が鍔ぜり合いから刀を引いたため、体制を崩したのだ。

 が、そこは根性で踏み止まる。

 けれどそこに僅かでも隙が生まれ、そこ目掛けて紫雷が懐に入ってきた。

 紅勒は舌打ちをしながら何とか動く右足を蹴りあげ、体を捻ってその刀身から逃れる。赤紫色の瞳が一瞬細まったが、距離をあけて離れた。

「それなりに頭を使うようになったみたいだな」

「おまえが毎っ回言ってくるからな。いい加減、耳にタコなんだよ」

「律儀だな………顔に似合わず」

「…………………………おまえに言われると三倍ムカつく!」

「そうか。それはよかったな」

「いいわけあるかっ!」

 言うが早いか、紅勒は大剣を背負うと、姿勢を低く保ったまま一気に跳んで紫雷との距離を縮める。

 同時に紫雷も後ろに退いたが、着地と同時に紅勒の放った大剣の風圧がより速いスピードで迫ってくる。

 紫雷はほんの数秒で練り上げた自身の気を刀に移し、風圧を相殺。そして左足を軸に回転しながら、上空から降ってきた大剣を受け止めた。

「くっそー…なんでそんなほっそい刀で平然としてんだよ」

「強いていえば、集中力と気力の差とかじゃないのか?」

「うわー、普通に答えやがった」

「答えてやったのに文句言うな」

「あーはいそうですねっ!」

 ぐっと、大剣の柄を持つ手に力を込めた。主である紅勒の意志を受け取ったのか、大剣から発せられる重圧が増していく。

 紫雷も何とか踏み止まるものの、ずるっと後ろに押されている。

 純粋な力勝負では敵わない事はとうの昔から承知している事実なので、冷静に保った頭を巡らせる。

 が、何を思ったか紫雷は、不意に瞳を閉じて刀に意識を集中させ始める。主の気を移された刀は鋭く冴え渡り、少しずつ紅勒の大剣を押し返し出した。

 それに気付いた紅勒は軽く目を見開き、柄を握る手にさらに力を加えようとした。

 しかし、次の瞬間―――


『!?』


 二人は同時に何かを感じ、慌てたようにお互いの得物を引いた。行き場を無くした気を分散させ落ち着かせる。

「な、なんだ?今の…」

 紅勒の純粋な呟きは、紫雷の内心を見事明確に表していた。

 虫の知らせとでもいうのだろうか。上手く言い表せないが、そんなものを感じた。自分の中の何かがそれに気付き、懸命に知らせてくる。

 二人は困惑の表情のまま、動けなくなった。

 不意に、どこかで夜魔たちの集まる気配を感じる。

 その時だった。

 純白のような光の渦が爆発したように生まれ、くるくると回る螺旋が出現した。

「なっ!」

 眩しさに金色の瞳は閉じかけたが、その光景からは目が離せなかった。体は眩しさに堪えながら、意識は別の事を考えていた。

 行かなければ―――――と。

 どうしてかはわからないが、それだけが意識を埋め尽くしていた。

 眩しさに慣れた頃には、光の螺旋は消えかかっていた。

 紅勒は焦る気持ちを抑え、紫雷の方に振り返った。一応『合戦』の真っ最中なので、相手方には一言入れておこうと思ったのだ。

 が、

「おい―――――ってぇ!?」

 紅勒は素っ頓狂な声をあげた。

 振り返った先に、紫雷の姿はなかった。


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