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銀黄の翼は天に舞う
薔薇の広場B

「ダンス、上手じゃない」

 軽やかな音楽に身を任せながら、エリスティーナがそっと呟いた。

「騎士とはいえ教会の方だもの。もっとぎこちないと思っていたわ」

「それはよかった。これでもかなり緊張しているんですよ」

「あら、こんなに話せるくらいの余裕があるのに………」

「まさか。エリスティーナ様が上手く合わせてくださっているからですよ」

「ご謙遜ね。あと、私の事はエリスと呼んでくれて構わないわ」

「御心のままに、エリス様。私もカイクとお呼び下さい」

「そうさせてもらうわ」

 カイクの返答に、エリスティーナは満足げに微笑む。

 会場から流れてくるのは今帝都で流行している最新のメロディー。軽やかさと華やかさを兼ね備えた主旋律には、自然と人を動かす力がある。

 エリスティーナのステップは優雅で軽快、音楽の波に合わせ迷いなく広場を移動する。

 その洗練されたエリスティーナの動きに、カイクはまったく遅れる事はなかった。時には自分から彼女をリードする場面を見せている。

(今回ばかりはリゼルドさんに感謝、かな………)

 カイクは内心で苦笑しつつ、リゼルドのニヤリ顔を思い出す。「どうだ?」とリアルな声が聞こえた気がした。

 日頃、大陸中を巡っているカイクではあるが、定期的にエルモ=ウェルダへは戻るよう定められている。

 その度、「これは一般常識でもって人生において必要不可欠である!」と言い張るリゼルドによって、ダンスを始めとする各種教養を叩き込まれていたのである。

 正直に言えば、単にリゼルドがカイクをいじりたかっただけなのだろうが、当然の様にカイクに拒否権はない。

 しかもミルリーフあたりが共謀して何かと資料を集めてくるものだから、改めてエルモ=ウェルダを発つ時には無駄に疲労困憊していた。

 その事を思い出し、カイクは思わずつこうとしたため息を慌てて引っ込めた。

「あら、ダンスの最中に考え事?」

 エリスティーナがクスッと笑う声が耳に届き、カイクは内心慌ててエリスティーナに笑いかける。

「失礼しました」

「やっぱりあの子が気になるのかしら」

 エリスティーナはよりいっそう体を密着させ、カイクにそっと囁いた。その艶かしい視線はカイクの肩越しにその姿を捉らえる。

 カイクはエリスティーナと共に広場を回りながら、彼女の視線を追う。

 その先にいたチェルシーは、チャッピー入りの帽子を手にこちらを眺めている。

 さすがに仕事中だからか、アルトは離れた所で待機している。しかし、やはり気になる事は気になるらしく、こちらの様子を窺いつつもチェルシーの方にも視線を向けている。

 カイクは内心ムッとするが、チェルシーと目が合うと安心させるように微笑んでみせる。

 途端チェルシーは一気に赤面し、帽子を強く握り絞めながら小さく俯いてしまった。

 カイクが不思議そうに首を傾げるので、エリスティーナは思わず苦笑する。

「安心していいわよ。次の曲も踊れなんて言わないから。それより………貴方たちの御用件はこちらでしょ?」

 エリスティーナの視線が彼女の胸元に注がれる。

 満天の星空を思わせる宝石の海の中、一際美しく薄紅色の輝きが視線の全てを奪っていく。

「………よくお分かりで」

「長年社交界に参加していれば誰でもわかります。それに、コレに関してはいろいろな噂が飛び交っていますしね」

 カイクは観念したように肩を竦めてみせる。

 その様子に、エリスティーナは少女のような無邪気な笑みを浮かべて見せた。

「それで、どうかしら?」

 エリスティーナの問い掛けに、カイクは「失礼」と一言断ってから胸元の宝石へと視線を落とす。

 音楽が終わる気配はなく、カイクは体を動かしながら神経を視力へと集中させる。

 遠巻きに見ていた時と比べれば、断絶その気配は濃い。しかし、アーティファクトと呼ぶにはどこか異質に感じられた。

 ヘイゼルやヒースあたりのより敏感な人間のように断言できるとは言えないが、おそらく模造品に間違いないだろう。

 カイクは、一応一般人であるエリスティーナに「調査が必要だ」とだけ伝えた。

 未だ推測の域を出ない事柄を口にして、下手に混乱させる必要はない。

「見ただけでわかるものなの?」

「腐っても教会の騎士を名乗っていますからね。それくらいの訓練は受けていますよ」

「でも、触れてみた方が確実なんじゃないかしら」

 そう言うと同時に、エリスティーナは体をより密着させてきた。その豊満な膨らみの上で宝石が一際妖しい光を宿す。

 確かに、手に取って見た方が確実ではある。が、エリスティーナの意図が別の所にあるのは明白だった。

 カイクはやんわりとエリスティーナとの距離を取り直すと、少し困ったように微笑んだ。

「こんな田舎者を相手にすれば貴女の品位が地に落ちますよ」

「あらご謙遜。あちらにいらっしゃるご令嬢たちの間では注目の的だったじゃない」

「周りとは毛色の違う、珍種が紛れているんです。その点で注目されたのでしょう」

 エリスティーナは小さく「珍種…」と呟いた。途端、堪えきれないといった様子で吹き出した。

 しかも、カイクが真面目な顔でそう言うのでしばらく止まりそうにない。

 声を殺して笑うエリスティーナに、カイクは驚きつつも言葉を続ける。

「それに、その宝石は貴女のお気に入りだと聞いています。それをこんな若輩者の一度見ただけの判断で取り上げるなんて事は―――」

「わかったわ。私の方こそ笑ってしまってごめんなさい」

 ようやく笑い収めたエリスティーナの瞳には、うっすら涙が浮かんでいる。

 とりあえず納得してもらえたのはいいのだが、何が彼女を笑わせたのかが謎だ。おそらく『珍種』という単語が彼女のツボにはまったという事しかわからない。

 落ち着きを取り戻したエリスティーナは、大きく息を吐き、男女で踊るのに適切な距離を取った。

「ねぇ、カイク。私、貴方が気に入ったわ」

「それは光栄ですね」

 エリスティーナの無邪気な笑顔に、カイクも多少の困惑を隠しつつも微笑んだ。



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