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銀黄の翼は天に舞う
飛行船の楽しみ方A

 甲板には、荷物を抱えた旅行者や親子連れの姿が多い。

 視界いっぱいに広がる白と青の斑の景色。

 飛行船独特の振動と響きがそれに拍車をかける。

 元気に走り回る子供達は、その上空での景色に目を輝かせていた。

 そんな雰囲気にまったく反する事なく、チェルシーも手摺りに両腕を乗せてその移り変わる光景を眺めていた。

 時折吹き付けてくる突風にライトブラウンの髪を掻き乱されても、それが妙に楽しい。

 ふいに、コツンと頭を小突かれる。

 見上げると、カイクの少し呆れたような顔があった。

「あ、カイクだ」

「カイクだ、じゃねぇよ」

 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、やっぱり止めた。今の状態で言っても無駄だと考え直したのだ。

 とりあえず、チェルシーの隣を陣取り、空を背にして手摺りにもたれ掛かる。

「景色見ないの?」

「何度も見た。つか、見飽きた」

「ふーん」

「お前、飛行船初めてだっけ?」

「姉さんたちと一回乗った事はあるよ。小さかったからあんまり覚えてないけど」

「へー、姉妹いるんだな」

「その時は、姉さんと幼なじみの兄さんと乗ったんだー。短い距離だったけどね」

「へぇ……そういえば、いつから一人旅なんかしてたんだ?」

 特に何も考えもせず、思い付いた疑問をそのまま口に出した。

「んー…二年くらい前からかな」

「きっかけとかあるのか?」

「きっかけっていうか、それしかなかったからかな」

 首を傾げるカイクに、少し考えてからチェルシーは僅かに微笑んで、

「…姉さんがいなくなったから」

「―――――」

 予想もしていなかった解答に、カイクはしばらく言葉が出なかった。

 それと同時に、自分の軽率さがひどく恨めしい。

「親とか…親戚とかは?」

「うーん…わかんない。ずっと姉さんと二人だったし」

「悪い」

「あ、大丈夫だよ。それに一人旅って結構楽しかったしいろんな所に行けたしさ。それに、理由はともあれこれからしばらくはカイクたちと一緒にいれるしね」

 チェルシーは、カイクの顔を見上げて満面の笑みを見せた。

 直後はキョトンとした様子のカイクだったが、しばらくしてチェルシーの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。チェルシーが何やら文句を言っているが構わない。

 ようやく開放されたチェルシーがふて腐れた様に睨んでくるが、年相応か少し幼く見られるそれで睨まれてもあまり威嚇の効果は見られない。

 カイクが苦笑混じりにゴメンと謝るも、軽くそっぽを向かれてしまった。

 どうしたものかと思い、とりあえずチェルシーと同じ体制になってみた。

 何度も見てきた景色が、今日はいつもより輝いて見える。





 が、





 ゴンっ!!





 ふいに襲い掛かった背後からの衝撃に、カイクは勢い余って手摺りに顔面をぶつけた。

 盛大な音に子供たちの動きが止まる。原因に気付いた大人たちは苦笑いするしかない。

 ふるふると震えるカイクの後ろに、紺色の縁取りの白外套がいる。能天気な笑いがするたびに、カイクの中で容赦なく何かが沸々と沸き上がっていくが、それに気付く様子もない。

 事態を正しく理解したチェルシーが、ちょっと哀れみながらも心配するようにカイクの顔を覗き込む。

 しかし、それでも笑いは止まらなかった。

「いっやー、二人とも探したよー!なんか青春?むしろ青春!チェルシーはともかく、カイクはまだまだ若―――っ!」

 喜々とした表情のまま、ヘイゼルはその場で固まった。しかも、微かに冷や汗を流しながら震えている。

 ゆっくりとした動作で、カイクが顔を上げた。その顔は、あまりにも爽やか過ぎる。爽やかすぎて逆に怖い。

「……………やぁ、ヘイゼル。いつも元気だな」

「ははハはハ、イヤダナァ。僕ハイツモ元気イッパイだよ」

「それはいいことだ。けど、甲板は危ないからあんまり走り回ったりするなよ。間違えるとすぐさま地上に後戻りだぞ?」

「ハ、ハーイ……」

 ヘイゼルは、恐る恐る挙手した。

 この光景に子供たちは互いの顔を見合わせ、乗り合わせたこの爽やかな司祭の忠告を和やかに聞き入れていた。大人たちも、この穏やかで紳士的にふるまう司祭にはかなりの好感度を持ったようだ。

 もちろん、この司祭が相手の足を力いっぱい踏み付けていた事実など知るはずもない。

 チェルシーだけが、やっぱりと言った表情で二人を見ていた。

 今の二人の力関係は、一度見ただけでよく理解できる実にわかりやすいものだった。

 爽やか笑顔をたたえたまま、カイクがヘイゼルの肩をぽんっと叩いた。

「さて…そろそろ部屋に戻ろうか?」

「ハーイ」

 固まったまま返事をして、ヘイゼルは部屋へと戻って行った。

 動きが怪しかったのは、見なかった事にする。

 少しして呆れたようにそれを眺めていたカイクも歩き出したが、数歩進んだ所で振り返った。

「お前も戻れ。一応は仕事だから、今から行くタージュの概要くらいは知ってて損はないだろう」

「はーい。ねぇ、タージュってどんな所?」

「俺も一度しか行ったことはないけど、のどかな街だな。エリース王国に近いからだろうが、帝国にしては友好的な所だ」

「ふーん」

 チェルシーがカイクに追い付いた頃、ヘイゼルが戻って来た。後ろから二人が着いて来ていない事に気付いたらしく、慌て戻ってきたらしい。

「なんで二人とも来ないんだよ」

「今行こうとしてたんだよ。てか、先に行ったのお前だろうが」

「いつもみたく、すぐ後ろに来ると思ってたのに……うぅっ、遊ぶだけ遊んで、新しい子が出来るとゴミの様に捨てるのね……っ!」

「そんなにゴミになりたいか?」

 カイクの声から、抑揚が消えた。

 客室に戻るなりカイクの拳が唸り、チェルシーは避難するようにソファーに腰掛けて渡された資料を手にその光景を眺めていた。

 ちなみにその光景は、目的地到着合図を知らせる汽笛の鳴る十分ほど前まで続いた。


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