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小説3 (御曹子×トリマー)

世話をしてやらなければ死んでしまうような気がして、放っておけない。

柊は那月のところへ潜り込んで初めて、自分が世話好きであることを知った。

(それにしても…)

この、ろくに自分の髪も拭えないような那月が、どうやって人を使い店を切り回しているのか、想像がつかない。

戸田蛍子は、那月の技術が桁外れにすごいと言っていたが、ここまで日常のことが何もできないと、那月がコンテストに優勝してきたのは、ただのまぐれではないかと思えてくる。

那月をテーブルにつかせて、料理を並べた。

「いただきます」
と手を合わせ、シチューをほおばった那月の顔が、ぱっと明るくなった。

「おいしい!」
「そうか、それはよかった」

もぐもぐと無心に口を動かしている那月の顔は、とても幼く見える。
ぼんやりと眺めていると、ふいに那月が顔を上げて柊の瞳をのぞき込み、ふわっと笑う。

「ん?なんだ」
「柊さんがいると、すごく幸せな気持ちになる」

その言葉にじわりと喜びが込み上げてきて、柊はうろたえた。

この感情は失敗につながる危険なものだ。

(俺は、那月を社会的に抹殺するためにここにいる)
「お前が幸せなのは、好きな食べ物が目の前にあるからだろう。餌付けされた猿と一緒だ」

ぶっきらぼうにそう言うと、那月の頬がぷっと膨れた。

「違うよ。そりゃ、柊さんの料理はおいしくて嬉しいけど、それだけじゃないよ。柊さんは特別なんだよ!一目見て、この人だって思ったんだ」

那月に、特別と言われてまた嬉しさが込み上げてくるが、それではいけないと頭のどこかが警鐘を鳴らす。

だから、
「俺のどこがそんなに特別なんだ。顔か?」
返した言葉は、どこかふざけたものだ。

「違うよ」
意外にも、那月の返事は殊の外まじめなものだった。

「柊さん、ここに入ってきたとき、すごく懐かしそうな顔をしたでしょ。僕も、柊さんがずっと前からここにいたような気がしたんだよ」

だから特別。と、那月はまたふわっと笑った。

柊はそれ以上那月の前に座っていられなくなって、食べ終わった自分の食器を乱暴に積みかさね、立ち上がった。

「話はそれくらいにして、冷めないうちに食べてしまえ」
「はーい」

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あきゅろす。
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