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小説3 (御曹子×トリマー)

「ええ」

「あの土地の買収のために、父は多数の人を踏みにじりました。あの土地は、ゆっくり話を進めて行けば、円満に手に入るものだったのです。ですが、それには時間も金もかかる。そんな方法を推し進めるわたしは、父にとっては厄介者でしょう。…いらないと思っていたわたしを我慢して使っていたわけですから、父や正妻の子供たちにとっては、わたしをくびにするいい機会でした」

でも、と伏せていた瞳をあげて、剛を見つめにっこりと笑う。
剛の顔がかすかに赤らんだ。

「正直な話、わたしにはあそこの暮らしも仕事も向いていません。静かに暮らしたいと思っていたところに、こちらでハウスキーパーを探していると聞きました。もともと、一人暮らしが長かったので、家の中のことは一通りできますし、料理も嫌いではありません」

「そうですか」
剛が同情するようなため息をついた。

柊は心の中でほくそ笑む。
人を騙すには、二つの嘘と八つの真実。
これに限る。

「…よくわかりました。正直な話、あなたが多田氏のご長男と知って、いろいろ心配したのです。多田氏は、かなり強引なことをして、ここまで大きくなった方ですから…。あとは、この那月が何と言うかですが…」

今まで、どこか具合が悪いのかと思うくらい、静かにぼうっと一点を見つめていた那月が、剛の言葉で、視線をゆっくりと柊に向ける。

「僕には声帯がないので、この声しかだせません。聞き取ることが、できますか?」

「ええ、聞こえますよ」
かわいい顔に似合わない、掠れた吐息を言葉にした音に、柊は答えた。

ふいに、那月がにこっと笑った。
赤ん坊のような、無邪気な笑顔だ。

「顔もきれいだけど、なにより声が素敵な人だね。あなたが詐欺師でも泥棒でも構わないから、そばにいて欲しくなる」

(このガキ…)
柊は内心で唇を噛んだ。
那月を陥れようとしていることを、見破っているのだろうか?
それにしては、剛も那月も落ち着いている。

「那月、失礼なことを言うものじゃない」

剛の言葉を無視して、那月は柊をひた、と見つめた。

「条件が二つある。家の中で大きな音をたてない事と、僕に向かって大きな声を出さないこと」

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あきゅろす。
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