小説3 (御曹子×トリマー)
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人に押されて、柊は焦る。
那月は携帯も財布も持っていないのだ。
一人でここから帰ることも難しいだろう。
青くなってあたりを見回した。
「ちょっと待って、君!」
男の大きな声がして、そちらをふり返った。
いた、那月だ。
柊の知らない男に、腕をつかまれている。
那月に向かって、人ごみを掻き退けるように進んだ。
「君、10年前のあの子じゃないか!」
男の言葉に、那月が首を横にふって、つかまれた腕を放そうとしている。
「あやしい者じゃないんだ。俺はライターでね。できれば話を聞かせてくれないか?今は何をしているの?普通に生活できるようになったの?」
いけない、那月の顔が真っ青だ。
「ばかやろう!」
人を押しのけて、罵声を浴びせられたが、それに構っている暇はなかった。
腕を伸ばして、那月の体を引き寄せる。
「柊さん!」
那月がしがみついてきた。
「俺の連れに何か用か?」
睨みつけてやると、相手の男は卑屈に笑った。
これは人のプライバシーを暴いて生活している男だと、直感する。
「その子、10年前に犬小屋から助けられた子だろう?えーと、名前はなんだっけ?」
柊の腕の中で、那月が首を横にふった。
「違う」
「まだ、しゃべれないの?」
「人違いだ…」
那月の声が聞こえないのだろう。
なおも何か言って近づいてこようとする男を片手で遮った。
「人違いだ。本人がそう言っている」
「そうかな。俺は職業柄、人の顔を覚えるのは得意なんだ。その子は確かに…」
「10年もたてば人の顔も変わるだろう。これ以上付きまとうと、あんたにとって厄介な事になるぞ」
ライターの一人くらい潰すのは簡単だ。
相手もそれを感じたのだろう。
「解ったよ」
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