小説3 (御曹子×トリマー)
27
日の当たるところだけを歩いてきた人間の顔だ。
素直で、真っ直ぐで、他人への中傷や意地悪などとは無縁の切れ長で明るい瞳。
人には、日陰を歩く者と日なたを歩く者の二種類がいる、などということは知らないだろう。
「申し訳ありません、那月はまだ身支度を終えていません。あと10分ほどで店に行きます」
言外に、さっさと店に戻ってそこで待て、と伝える。
「まだって…、寝坊ですか?」
龍之介が、何のためのハウスキーパーだという顔をして柊を見た。
「いいえ」
柊はとびきりの笑顔を浮かべる。
お前は那月の遅刻の理由を知らなくていい。
知る必要もないし、教えてやりたくもない、そう思っての笑顔だ。
鈍い人間には通じないが、龍之介にはきちんと伝わったようだ。
きっと唇を噛んで、柊を睨みつけてくる。
「でしたら、あと10分、ここで待たせてもらいます」
そのとき、那月が姿を現した。
左手にカフェ・オ・レの入ったマグカップを持ったままだ。
「龍之介くん、遅れてすみません。これを飲んでしまったらすぐに行きますから、先に仕事を始めていてくれますか?」
いつもの幼い口調ではない。
那月を見ると、この前店で見た時のピンと張った厳しい顔をしている。
「え?那月さん、今、なんて…?」
柊にははっきりと聞こえる那月の声が、龍之介には聞き取れなかったらしい。
那月が助けを求めるように、柊を見上げた。
「那月は、これを飲んでしまったらすぐに行くので、先に仕事を始めていてくださいと言ったのですよ」
龍之介にことさら優しく言ってやって、これでいいのか?と那月を見下ろすと、那月はにっこりと笑った。
ほんとうに、かわいい。
「那月さん、本当にそう言ったんスか?」
諦めの悪い龍之介の問いに、那月がひとつ頷く。
「…わかりました。店で待ちます」
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