小説3 (御曹子×トリマー)
26
「うん。今日は10時過ぎないと僕の仕事はないから、大丈夫」
「そうか」
かわいい顔に引き付けられて、思わず額にキスをした。
ドライヤーで那月の髪を乾かして、シャツのボタンを上まできっちりと留める。
「いいよ、店に行ったらすぐに着替えるんだから」
ボタンを留めなくていい、という那月に、
「駄目だ、風邪をひく」
と言い返し、
「テーブルの前に座っていてくれ。今朝は手抜きの朝食だ。パンと目玉焼きしかないぞ」
「うん」
大急ぎでフライパンに目玉焼きをセットして、昨日仕込んだホームベーカリーからパンを取り出し、那月の食べやすい大きさに切った。
コーヒーメーカーでコーヒーを落とし、温めたミルクをたっぷりと入れて、カフェ・オ・レを作る。
柊が目玉焼きとパンとカフェ・オ・レを同時にテーブルに並べると、那月が小さな拍手をした。
「すごーい!柊さん、魔法使いみたい!」
「簡単なことだ。那月ができなさ過ぎるんだろう」
「うー、せっかく褒めてあげたのに…」
ぷっと頬を膨らます那月は、すっかりいつもの調子に戻っていた。
体に触れ合ったことで、二人の距離が近くなったような気さえする。
柊の心が弾んだ。
那月がもぐもぐと口を動かしているのを眺める。
とてもいい気分だ。
「おはようございまーすっ!」
突然玄関から大きな声が響いて、那月がびくっと肩を揺らした。
那月をびっくりさせた声に、柊はむっと眉を顰める。
「龍之介くんだ…」
「食べてしまえ。俺が出る」
那月の髪を撫でて、立ち上がる。
廊下へと続くドアを開け玄関を見ると、龍之介の強い視線とぶつかった。
「おはようございます」
柊は丁寧に、だが、何の用だと聞こえるように言う。
「那月さんが30分も遅れているので、迎えに来ました」
視線と同じ、強い調子の声だ。
改めて、龍之介を見る。
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