小説3 (御曹子×トリマー)
15
那月と龍之介がじゃれ合っていただけで、どうしてこんなに不愉快になるのか、それが解らないだけに、この感情をどうやって消化したらいいのかも判るわけがない。
「くそっ!」
ガン!とキッチンの壁を殴りつけ唇を噛む。
これから罠にかける人間を間近に観察していて、こんなにイライラしたのは初めてだ。
(いつもの俺なら、他人がどこで何をしようと冷静でいられるはずなのに…)
この場所がいけないのだろうか。
7歳まで母と暮らしたあの家にそっくりな雰囲気が、冷静でいることを阻んでいるのだろうか。
やはり、早くかたをつけてここから引き揚げたほうがいい。
そうでないと、今までの自分が何か他のモノになってしまいそうだ。
うまく水を向けて、那月の過去を本人の口から聞き出すか。
どんなに調べても解らないほど、那月の過去はうまく隠ぺいされている。
絶対に、人に知られては困る過去があるはずだ。
それとも、笠井を呼び、那月を押し倒して写真を撮るか。
そこまで考えて、柊は愕然とする。
自分に抱かれている那月の姿を、誰にも見せたくないのだ。
(馬鹿らしい、俺は何を考えているんだ)
夕方、6時きっかり、
パタン…!
玄関のドアが開閉する。
いつものように、ぱたぱたと子供のような足音。
「柊さん、ただいまっ!会いたかったっ」
キッチンに立っている柊の背中に、那月の頬が触れる。
「今朝会っただろう」
柊の言葉は相変わらずそっけない。
とくに今日は、午前中那月の店にいってからずっと不機嫌なので、なおさらだ。
「だって、会いたかったんだよ」
那月の言葉遣いは、幼いものに戻っている。
「邪魔だ。早く風呂に入ってこい」
「んー…」
それでも背中から離れようとしない那月に、カッとなる。
今朝からこんなにイラついているのは、誰のせいだと思っているのか。
柊の心の中など判るはずもない那月は、背中に張り付いたまま顔をこすりつけている。
柊は乱暴に自分のウエストに絡まっている那月の細い腕を引きはがした。
そのまま勢いよくふり返る。
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