小説3 (御曹子×トリマー)
12
だが、那月の店にはそういったものは一切置いていない。
店の全面は素通しのガラスになっていて、店内は明るいが外から丸見えだ。
店の入り口も素通しのガラスドアで、入ってすぐにトリミングスペースと客が入るスペースを区別するためのカウンターがあり、花が飾られている。
広いトリミングスペースには、トリミングテーブルが5台と大型ドライヤーが3台、シャワーのついたシンクが5台。
消毒器、犬を入れておくためのケージの棚。
店の奥、たった今柊が入ってきた裏口に近いところにあるカーテンで仕切られた場所は、更衣室兼休憩室のようだ。
那月が柊に気づいて、ニコッと笑う。
那月を取り囲むように立っていた三人が、一斉に柊を振り返った。
女性が二人と、男性が一人だ。
「柊さん、来てくれてありがとう」
那月が柊のそばにやってきた。
「皆、母屋に行くこともあると思うから、紹介しておきます。母屋のハウスキーパーをしていただくことになった、中西 柊さん」
ふと那月の声に違和感を感じて、ああそうか、と思う。
那月が着ている白衣の襟元に、小さなマイクがついている。
首から細いチェーンで下がっているのは、ごく小型のスピーカーだろう。
「柊さん」
那月が体ごとこちらを向いたので、スピーカーから流れる声がはっきりと聞こえた。
「右から、佐藤 愛〈さとう あい〉ちゃん、安田 洋子〈やすだ ようこ〉ちゃん、一番体が大きいのが、加藤 龍之介〈かとう りゅうのすけ〉くん」
「中西柊です。よろしくお願いします」
微笑むと、女性陣からほうっとため息がこぼれた。
龍之介だけが、挑むように柊をにらみつけている。
柊が那月の肩に手を置くと、いっそう龍之介の目から発する光が鋭くなる。
(なるほど。だが、那月がお前のものになるのは、俺が仕事を片付けたあとだ。今は…)
少しのいたずら心で、柊は那月のほうに屈みこんだ。
三人の方向からだと、キスの距離に見えるだろう。
「少し見学していってもいいか?」
「うん、いいよ」
那月がかわいらしく微笑んだ。
店内で動き回っている那月は、普段家で見ている那月とはまるで違うことに気付く。
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