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小説3 (御曹子×トリマー)
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流しに食器を入れながら、柊は小さくため息をつく。

那月の言ったことは本当だ。
この家、特にこのリビングダイニングは、母親と暮らしたあの家によく似ている。

間取り、家具、調度品。
もちろん、そっくり同じというわけではないが、どれも暖かみのあるデザインで、柔らかく、触りごこちがいい。

この部屋に足を踏み入れた一瞬、心を捉えた思いが顔に出て、それを那月に見られたのだろう。

それにしてもあの時、那月は紅茶の入ったマグカップを両手で抱えて下を向いていたはずだ。
(俺の事を見ていたとは思えない)

それに、柊は自他ともに認めるポーカーフェイスだ。
一緒に仕事をしている笠井でさえ、柊の笑顔の裏は読めないのに、初対面の那月がなぜ…。

シャツのボタンもろくに留められないようなぼうっとした子供だと思っていたが、今まで出会った中で、一番油断できない相手かもしれない。



「那月、那月、起きろ、朝だ」
那月の部屋のドアをノックして、声をかける。
返事はない。

もっとも、那月の声はドア越しに通るほど大きくない。
たとえ返事をしていたとしても、聞こえないだろう。

かまわずドアを開け、中に入る。
水色のカーテン越しの柔らかな光の中、那月はベッドの中にいた。

体を丸めて、枕と毛布の間に埋もれるようにして眠っている。

那月に近付き、目にかかっている髪をそっとかき上げる。
「ん…」

煩そうに首を振るのにかまわず、頬に手を触れた。
「こら、起きろ」

那月の瞳がぼんやりと開く。
柊の顔を見て、にこっと笑った。

ここへ来て、五日目の朝だ。
五日間同じことをしているが、飽きるということがない。

それどころか、那月が朝一番に自分の顔を見て笑顔になる一瞬が嬉しいとさえ思う。

もちろん、自分がなぜここにいるのか忘れたわけではない。
それでも…。

「柊さん、今日の午前中、時間ある?」

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