小説1 (高校生狼男×高校生占い師) 完結 20 「僕が思うに、二人とも怖がっているだけなんだよ。少し勇気を出して本音をぶつけて話し合えばうまくいくのにさ。どうして、そうしないかなあ」 由羅にそう言われても、困るばかりだ。 俺の本音は、いたずらに雅を怯えさせ、遠ざけられてしまうばかりだろう。 雅の隣に俺ではない誰かがいるのを見るだけで、苦しくなる。 だが、そこから目をそらして場所を移動すれば、もっと苦しくなることはわかりきっている。 お手上げだ。 どうにもできない。 〜〜〜〜〜〜〜 雅は学校で俺を避けるような行動をとり続け、帰宅するとすぐにシャワーを浴びて身支度を始めた。 髪をきちんと整えて、クリーム色のスーツを着ている。 「どこへ行くんだ?」 返事はもらえないだろうと思いながら、話しかけた。 「斎藤くんのお父さんと、お食事」 雅はふり返りもせず、鏡越しに俺を見る。 返事をもらえたのは嬉しいが、その内容は喜ばしいものではない。 「蓮はこなくていいよ。蓮なんかいなくても、僕は平気だから」 その言葉は俺を硬直させた。 痛い、としか言いようのない感情が、俺の自由を奪う。 雅が部屋を出ていってしまっても、俺はその場に座り込むことさえ出来ずにいた。 「何をしている。雅を追え」 奏さんの声にはっとする。 いつの間にか俺の上着を手にして、後ろに立っていた。 「だけど…」 雅は来るなと言ったのだ。 「いま行かなかったら、お前は絶対に後悔する。雅も同じだ。早く行け、Pホテルだ」 「はい」 俺は奏さんの手から上着を受け取り、窓から飛び出した。 月齢10・6. 半月よりはいくらか円に近付いた月が、空にかかっている。 裏道を走っていけばPホテルまで10分とかからないはずだ。 〜〜〜〜〜〜〜 ホテルの貨物搬入口から忍び込んで、少し考える。 レストランを探すべきか、客室を当たるべきか。 雅は食事だけという口ぶりだったが、敦の父親は、あわよくば雅をどうにかしようと考えているはずだ。 未来を読むときに見た斎藤の顔は、下心でいっぱいという感じだった。 だとすると、レストランでは人目がありすぎる。 おそらく客室での食事だろう。 雅を警戒させないために、居間とベッドルームが別になっている広い客室を予約したに違いない。 だとしたら、最上階だ。 非常口の階段を、足音をたてないように駆け上がる。 最上階に忍び込んで、あたりを見回した。 客室のドアは3つ。 真ん中のドアから、人の気配がする。 近づいて中の気配をさぐった。 ここだ。 かすかに雅のいい匂いがする。 耳を澄ますと、敦の話し声と斎藤の笑い声が聞こえてきた。 雅はたまに相槌をうつ程度だ。 ホテルのボーイがたてる衣擦れの音。 食器がぶつかるカチャリという音。 少し耳を澄ませただけでこれだけの音が聞こえるとは、このホテルの防音設備も大したことがないようだ。 日下部の屋敷なら、俺がどんなに中の音を聞こうとして耳をはりつけても、ドアが閉まっていたら何も聞こえない。 中の様子をうかがいながら、20分、30分と廊下に立っていたら、もやもやとしたものが胸の中に広がる。 俺はここで何をしているのだろう。 雅は俺から離れることを選んだのに、俺はこうしてまだ雅を追いかけている。 雅が他の誰かのものになることを、ただ見守るだけのこの状況は、俺にとって辛すぎる。 何のためにこんなことをしなければならないのか。 頭を一振りして、そんなひねくれた考えを追い出す。 俺には誇り高い山神の血が流れている。 雅が日下部でいる限り、雅に付き従い、雅を守るという使命をまっとうすべきだ。 たとえそれが、どんなにつらいことであったとしてもだ。 ボーイが食器をまとめて出てくる気配がする。 俺は素早く非常階段に身をひそめた。 食器を乗せたワゴンが通り過ぎて、エレベーターに乗るのを見届けてから、再びドアに張り付く。 「雅くんはあまり食べないんだね」 敦の声だ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |