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寒さを感じると無性に虚しくなる(二司まぐろ)
1の巻
起立、礼。さようなら。
ドアをあけると、一人ぼっちの冷気がじゃれるように私の頬とコートを撫でた。私はマフラーを口元まであげて廊下をすすみ、冷たい革靴に足をつっこむ。
晴れた石畳の上、金色の絨毯の上を私はコートのポケットに手をつっこみ駆けた。北風が電線をうならせる音がする。続いて金色の雨が盛大に降りはじめた。葉は日の光に輝き、見ろといわんばかりに回転をして落ちていく。
きらめくそれらを避けるように、わざと踏みつぶしながら私は駆けた。

正門には数人の生徒がいた。
「おまたせ」
「紀伊ちゃん、おそーい」
「おつかれ。私たちも今来たとこ」
門をでて右手のところに葉子と白がいた。暖かいのだろう、葉子は白に抱きついたまま唇を尖らせている。葉子の高く結われた髪が木枯らしと遊ぶように揺れていた。白はいつものように淡く優しく微笑んでいた。
突然腹に衝撃をうけ私は後ろへ二三歩よろめく。見ると友香が私の背に腕をまわして抱きついていた。
「遅い」
友香は小さい体にしては驚くほど強い力で私に抱きついてきた。暖かいが苦しい。
「友香、ごめん」
私はなるべく優しい声をかける。友香は顔をあげて私を睨んだ。小さい口が引き結ばれ、眉間に皺がより、頬は寒さにか赤く染まり、大きい瞳は晴れた空を映していた。
私は友香の髪を撫でる。ゆるくかかった天然パーマは私の指にほどよく絡んできた。すると満足したのか友香の腕の力が少し緩む。髪から手を離すと、友香は不満そうに私のコートに顔をうずめて低く唸った。
顔をあげると白と目があう。同じ格好だね、と私たちは苦笑した。
木枯らしとともに下校する生徒が増えてくる。
「帰ろっか」
私はコートのフードをつかんで友香をはがし、そのまま歩きはじめた。
すぐに友香が私に追いつく。私たちは無言のまま歩きたまにどちらかが思いついたようにぽつぽつ話す。後ろで葉子の元気な話し声と白の控えめな相槌が聞こえる。比較的早い時間の下校。
これが私の日常だった。

私と友香は同じ小学校でこの私立校に一緒に受験し合格した。
この学校にあがったのは二人だけだった。私は社交的では決してない。一番の友達の友香がいることを私はとても心強く感じていた。
中学の春。私と友香は別々のクラスになった。
私は処世術を身につけ上手くやっていたが友香は独りだった。友香も私と同様、社交的ではなく内気な性格だ。私は友香に新しい友達ができてほしいと望んでいた反面、全く逆のことも望んでいた。友香に新しい友達ができ私から離れてしまうことが怖かったのだ。私は毎日コインを弾いてる気分だった。
けれど投げたコインは必ず裏が出る――友香には私以上の友達はできない――という確信に近いものが私にはあった。小学校時代友香には私以外の友達はいなかった事実と私の自己中心的な願望がそれを支えていた。
葉子と白が加わったのは6月の梅雨の時期だった。二人のクラスは私とも友香とも違う。ちなみに白と葉子も違っていた。
雨は午後から降り出し、傘を忘れた私と友香はびしょ濡れで信号待ちをしていた。
生ぬるい雨の中の私たちに、
「風邪ひくぞ」
「大丈夫?」
水色と白色の傘が傾けられた。
葉子と白だった。
私たちは同時にぎょっとした声をあげると、怖々とそれぞれの傘の持ち主に顔を向けた。
「傘、一本しかなくてごめんね」
白の笑顔をみて私の驚きはそそくさと去っていった。ただの良い人だ、と誰だって分かる無垢で無害な笑顔だった。私は白にお礼を言いながら後ろを気にかけていた。二人の姿は夏空のような傘に隠されて見えない。しかし傘の下からのぞく友香の小さい肩は震えて見えた。友香はとにかく人見知りが激しかった。
駅に着くと葉子と白はハンカチを貸してくれた。
「今日は色々ありがとう。ハンカチ洗ってかえすね」
私は笑顔をつくって頭を下げた。友香も俯きながらお辞儀をした。
葉子と白はなにもしてないと両手を振る。が、葉子はふと目を輝かせると白になにか耳打ちをしはじめた。白の笑みが葉子から移りいたずらっ子のものに変わっていく。二人は満面の笑みで頷きあった。
「ハンカチだけじゃ足りない。もう一つあたしたちにしてほしいことがある」
「嫌じゃなければですが。清水さんと安藤さん、一緒に帰りませんか」
「え、なんで名前を?」
「電車で何度か二人をお見かけしていて、はーちゃんと一緒に帰りたいなって言ってたんです」
「名前は君たちのクラスメイトから聞かせてもらったぜ。つーわけで一緒に帰ろ。というか友達になろ! あたしは木下葉子」
「佐々木白です」
そのとき初めて私は二人の同級生をみた。
木下葉子は友香とあまり変わらない、ほんの少し高いぐらいで小柄だが雰囲気がまったく違う。常に大きなエネルギーを振りまき底抜けの明るさがあった。葉子が夏の太陽のようだとすると白は冬の月に似ている。私より背が高く細く白い。清楚で慎み深い印象を一番に与えるが、その静かさゆえに見失いそうでもある。対照的な二人。だが目の奥にあるやわらかな光は分けたように同じだった。
私は呆けた顔をして二人を見ていたと思う。突然目の前に降ってわいた、新しい友達。
「……友達」
小さい声で言うと現実味が消えていった。私だってやはり友達が欲しかった。でもいざできるとなると友香の我慢する顔が浮かび、あと一歩踏み出せなかった。人見知りが激しい友香は私の友達がいると何も話せなくなるのは分かりきっている。
「駄目、かな?」
けれど友香とも同時に友達になれば。私は先ほどの状況を思いだして首を縦にふった。友香が相合傘を他人としたことが珍しいことだった。
梅雨の厚い雲間から光が差し込んだように、葉子と白の顔が明るくなった。
「安藤さん、いい?」
白が屈んで友香をのぞきこむ。友香は体をびくりとさせ私の後ろにまわりこんだ。人見知り発動中。私はいつものように友香のそばに腰を下ろして耳に手をそえた。友香が近づいてささやく。
震えた声の「いい」が聞こえた。
振りかえってOKのサインを出すと、二人は一気に夏がきたような青空の笑顔をみせた。両手を合わせて喜んでいる。その裏のない感情に私もつられて笑顔になった。
「私は清水紀衣です。これからよろしく」
「安藤友香です」
「紀衣ちゃんと友香ちゃんだね。よろしく!」
「よろしくね」
コインの表が出て友香に友達ができた。しかし共通の友人なら別だ。なにより葉子と白は私たちの関係を大事にしてくれるだろう。私は友香にいい友達が出来たね、と言おうと振りかえり言葉を飲んだ。
友香は上目づかいで喜ぶ二人をじっと見ていた。梅雨の湿った暑い空気のなか冷たい汗が私の背中をつたった。
「友香?」
呼びかけると友香の目はすぐに元にもどる。そしてどうしたの? と首をかしげる。幼いその顔には今降ってわいた友達への純粋な不安がはりついている。喜びは私には見えない。
「友香、友達できて嬉しい?」
「ともだち……うん、嬉しい」
友香は嘘をつくのが苦手だ。笑顔をつくろうとしたなかに困った顔がみえ、それらは混じって泣きそうな顔にみえた。


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あきゅろす。
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