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習作(消火器)
5
私が許しを与えると、少女は瞬間、安心したような色を瞳に浮かべ、何か言いたそうにした。
しかしすぐに緊張を取り戻し、さっと踵を返すと、長いスカートをひらりと翻して木々の間を駆けて行き、まもなく私の視界から失せた。不意打ちに私がまた襲い掛かることすら、微塵も疑いもしていなかった。
――可哀相な子だ…!
一目散に逃げていく、細い背を見つめながら、私はこう呟かずにはいられなかった。
私には仕留められなかったが、どうせじきに森の荒々しい獣どもに襲われ、喰われてしまうだろう。
軟らかい靴は、尖った岩の上を駆けて行くのには向いていない。その裾も、今に荊の茂みに引き裂かれ、ぼろぼろにされてしまうだろう。大人でも此の森を抜けることさえままならないというのに、何より、たった一人の姫がこれから先、どうやって食べていけるというのか。
私は殺さないで済んだのに、どうにも後味が良いとは言えなかった。
しかし、いつまでもただ立ち尽くしている訳にもいかず、私は姑息な手段とは思いつつも、代わりに女王に差し出すものを捜すことにした。
すると丁度そこへ、運良く一頭の猪の仔が現れたので、その肺と肝臓を城へと持ち帰った。
いつまで欺けるかは分からなかった。いずれは発露する時が来るだろうとは思ったが、動物の臓器について、女王がそんなに専門的な知識を持っているとも考えられなかった。
肺と肝を見ると、女王は満足気に歪んだ笑みを浮かべた。死体について問われ、森の奥に埋めたと私は答えた。少しばかりの褒美を受け取って、城を辞去した。

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あきゅろす。
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