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短編小説対決
「空港・蝿・目玉でどれだけ上とジャンルの違うのを書けるのかという考察。オチなし」(くれとー) 完 
 昼の空港は子供にとっては未知の世界だ。そもそも空港にあまり馴染みがないのだが、人が慌ただしく行き交っている間はその雰囲気にのまれ、次の場所に移動するまでの短い滞在は好奇心が刺激する楽しいものになる。けれど、今は平日の昼なのだ。待合室にはぽつりぽつりと黒い背広姿が間を空けて2つか3つ思い思いの格好で座っているだけ。同い年ぐらいの子供などいるはずもなかった。普通なら今頃4時間目の途中で、自分の席で授業を聞き流しながら給食の時間を待ちわびているところだろう。そんな日常を思い出したら、自分の場違いさが尚更くっきりと周りから浮き上がってしまった気がして少女は居心地悪げに身じろぎをした。自分がここにいることを拒否されているわけではないだろうが許容されているわけでもない空気に向かって意味もなくきっと視線を向けると、唯一のお供であるくまのぬいぐるみをぎゅっと抱き締める。その毛皮の内に命が宿っていないことは知っていても、ここで頼ることが出来るのはこのくまぐらいのものなのだ。
 座ったまま、聞く者に不快感を感じさせないよう訓練された特徴のない女性の声が電光掲示板のスピーカーから次に出発する機体の情報を読み上げているのを聞いていると、しばらくして手が妙にベトベトしていることに気がついた。はっとして顔を上げると、掌の熱で溶け出した棒付きキャンデーがくまの毛皮に透き通った赤い玉を結んでいるのが見える。出かけに持たされたキャンデーがそのままだったことをすっかり忘れていたのだった。少女はすぐにポケットから出した淡いチェックのハンケチで拭おうとするが、力任せにごしごしとこすっても柔らかい飴はさらに細かい粒となって毛の先にばらばらに散らばるばかりで、どれだけ頑張ってもあのベトベトした肌触りをなくすことは出来なかった。甘い香りを感じたのか、どこからか蝿が一匹やってきてくまにたかろうとした。ハンケチで追い払おうとしても蝿は消えてはくれなくて、一層少女は膨れっ面になった。とけかけの棒付きキャンデーを口に突っ込むとべとつきの残る手でくまの首をぎゅっと絞める。どんなに力を入れてもぬいぐるみが苦しがることはないのでくまはうんともすんとも言わなかったが、少女にはそれが気に食わなかったのかさらにくまにかける力を加えた。少女は体を折ると、そのままぼすんとくまの体に顔を埋める。
 嫌なことに嫌なことが重なって、心が沈みきっていた。もしかしたら迎えはやってこないんじゃないだろうか。そんな後ろ向きなことを考えてしまう自分も嫌だった。だから逃げるようにぎゅっと目を閉じた。
 そうしてどれほど時間が経っただろうか。少女は自分の名前を呼ぶ声で目を開ける。顔を上げると、50m位離れたところに待ちわびたその姿があった。
 もう一度名前を呼ばれると、少女ははっとしたように立ち上がった。待ち人のほっとしたような笑顔が見える。少女は先程とは別の感情により顔を歪ませながら、腰ほどまであるトランクとともに佇むその姿の元へと駆けていく。
 小さくなる少女の後ろ姿を、座席に置いていかれたくまの硝子の瞳が静かにじっと見つめていた。


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あきゅろす。
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