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ポータブルラジオ奇想曲(くれとー)完

少女は空いた手を膝に回して僕に視線を落した。自制しているのか、どうやら続けては吸わないらしい。
「蒼は今日もニュース?」
 シャカシャカと僅かに周りに洩れる音で判断したのだろうか。
会話の区切れに質問を滑り込ませることで、少女はごく自然に会話の主導権を握りなおした。
 僕は他人の事情に興味はあっても自分のことを話すつもりはない。だが、いきなり具体的にニュースと指定されたのが気になって、訊いた。
「どうしてニュースだと思うのさ」
「だって、前に聞いてたじゃない」
 そういえば前回ここに来たとき少女にイヤフォンを半分しばらく強奪されていたんだっけ。冷静に考えればそう推定されるのも道理である。
少女は僕の態度を肯定と見なしたのか、小首を傾げて次の質問を口に乗せた。
「飽きないの?」
「……毎日内容変わるし」
「そういえばそうね」
 初めて思いついた着想であったかのように少女は頷いた。が、すぐにまた首を傾げて不思議そうに問う。
「他の番組は聞かないの」
「興味ない」
「ニュース一本なのね」
 それはそうだ。そして、これからもそれ以外を聞くつもりはない。一定の調子で紡がれる淡々としたあの喋りが織り成す世界をそう簡単に手放すつもりはないのだ。
「ねえ、どうしてニュースばかり聞いているの?」
 少女はあの日と同じ質問を全く同じ口調で繰り返した。僕は苛立ちを隠さないままつっけんどんに対する。
「聞いていちゃいけない?」
「いえ。ただ……気になって」
「暇人だね」
「そうね」
 短い一言で一蹴したときも少女の相槌は妙に静かで落ち着いていた。
「することがない状態を味わう為にここに来るのだけれど、実際ここでは退屈なのよ」
 おどけたように肩をすくめて、少女は僕に笑いかけた。
僕は少女を半眼で見て、出来る限り冷たい口調で少女を撥ね退ける。
「だからって僕を巻き込まないでくれる?」
「だって、あなたしか話し相手はいないのだもの」
「群れるのが目的ならここより向いた場所はいくらでもあるはずだ」
「群れようとは思ってないわ」
 少女は強くはないが凛とした口調で珍しくはっきりと否定の意を示した。
「群れるのなら学校でも事足りる。私はちょっとした安息を求めてここにやってきているのだから、野暮なことは言わないで頂戴」
「僕もここにはちょっとした安息を求めているんだけど」
「袖振り合うも……と言うでしょう。付き合って」
 僕の白眼視を意に介した様子も見せず、少女は微笑を浮べた。騙されはしない。それは勝手な言い分だ。
呆れたような視線を向けると、少女は笑顔を返してから言った。
「でも、たまにはニュースを止めて私と話してくれてもいいのに。あなたの会話はずっとイヤフォンで何か聞きながらなんだもの。寂しいわ」
 何気なく、冗談のような言葉。
少女は軽い気持ちで言ったのだろうが、それは僕にとって看過できない事柄だった。
絞り出した声は、自分でも驚くほどに硬かった。
「それが気に障るなら僕に話しかけなければいい」
「……怒らせて、しまったかしら」
 恐る恐るといった様子でなされた少女の問いに、唐突に胸の中にどす黒い感情が湧いて出た。
そう簡単に己の全てを理解されるつもりもないが、僕の取っているポーズの意味さえ理解しようとしないのだ、この少女は。歩み寄りなど、元より出来るわけもない。殺意さえ抱いた。
あらん限りの酷薄な笑みを浮かべて、僕は冷え切った口調のまま畳み掛けた。
「別に怒ってなどいないさ。ただ、苛々する。僕はあんたと関わりを持ちたくてここに来てるわけじゃない。あんたとの会話に答えてやってるのだってあんたがあんまりしつこいからだ。こっちが譲歩してやってるのに、それ以上を望むなんて高望みも甚だしいんじゃない? それに、」
これ以上口を開いてはいけない、と頭の隅で警鐘が鳴った。
自分らしくも無い、今日はお喋りが過ぎる。
しかし、一度勢いのついたものは止まらなかった。挑戦的な目つきで少女をねめつけて、訊いた。
「もし僕がそれを聞いていないと生きていけないんだとしたら、あんたはそれでも僕がラジオを聞くのを止めさせる?」
「…………」
 さすがの少女も言葉を失ったようだった。困惑したように、瞳が揺らいでいる。
一瞬溜飲が下ったような気分になったが、すぐそれは後悔へと変わった。
自分のことに対して余計なことは一切口にするつもりはなかったのに、つい口を滑らせてしまった。
これ以上問答を続けると芋づる式にさらに都合の悪いことを話してしまいそうで、僕は少女から顔を背けると、顔を見るのも嫌だという気持ちを存分に込めて言葉を投げつけた。
「これ以上僕はあんたを構わないよ。帰ってくれる?」
「……そうね、ごめんなさい」
 沈んだ調子の謝罪だった。少女がどんな表情をしているのかは見ていないからわからない。
 外界から自分の意識を遮断して、僕はポータブルラジオに耳を傾けた。
事実だけを列挙していく、感情が排された世界。記号として並べられる、この世界のどこかで起こった誰かの不幸。
その合間に逃げ込むように目を閉じて眠ったフリをしていると、しばらく後、誰かが階段を降りていく足音がした。


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