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ポータブルラジオ奇想曲(くれとー)完

案の定、また彼女は屋上で煙草を吸いながら空を眺めて
いた。
屋上への扉をくぐり抜けた瞬間視線を向けた彼女に会釈すらもせず、僕は適当な地面へと体を横たえた。眼鏡で世界と僕を隔て、ポータブルラジオの音声と同時にしか音を聞かないという状態だ。胸元に忍ばせたポータブルラジオが今日も微かに振動を続けている。今日も空は晴れ。
恒例のように何をすることもなくラジオ放送に耳を傾け
ていると、当たり前のように少女が僕の左隣に座った。
さりげない動作のせいで、断るタイミングを逃した。
「ねえ」
「……今日は何」
「前から気になってたんだけど、あなたって何をしてる人?」
「社会人」
 まともに対応するのも面倒くさくなって、適当に答えた。だからといってあながち間違ってはいない。
「へぇ、それだけ華奢なのに。意外」
「……華奢だといけない?」
「いいえ。気に障ったのなら謝るわ」
 少女は懐から取り出したライターで煙草に火をつけながら、淡々と謝罪した。今日も少女の指先からは紫煙が立ち上る。
そのスカした態度が若干気に障った僕は、意地の悪い口調で少女に弾劾するように言った。
「謝っても偏見は偏見じゃないの? それにさ、そういうのはまず自分から明かすべきだと思うけど」
「そうね、ごめんなさい」
 ごくごくあっさり謝って、少女は空いた手を自分の胸に当てた。
詰られるように言われても、全然気にしていないらしい。
「私は学生よ」
 答えは予期していたものだった。というか、この答えでなければどうして少女がブレザーを羽織ってここにやってくるのかという一つの謎が残ることになる。
見かけ的に、少女は大体高校生ぐらいというところか。
煙草を吸っていることに関しては咎めるつもりはなかった。少女もそれを感じているかのように泰然と空を振り仰いでいる。
「よく退学にならないものだね」
「あら、これでも私優等生なのよ。出席日数はギリギリで守ってるし」
 皮肉げに感想を洩らすと、笑みを含んだ切返しが帰ってきた。
悪行をばれないように苦心して成績を上位にキープ
していれば、確かに出席日数ギリギリでも何とか学校は卒業できる。
 そういえばよく考えてみると少女が自分について話すのは初めてだ。
そもそも僕が少女に質問を向けたのが初めてだからなのかもしれないけれど。
「そんな綱渡りしてここに来るなんて、よっぽど物好きなんだね」
「そうかしら。だってここって素敵な場所じゃない」
 瞳に空を映して、少女はゆったりと微笑んだ。
「空も綺麗だし、何の気苦労もないし。景色も見てて飽きない」
「そんな極楽のような場所じゃないと思うけど」
「あら、あなたにとってはここは極楽ではないのね」
 目を丸くして意外そうに言われたのがなんだか気になって、僕は強い口調で言い返す。
「僕は、この場所を見つけたからここに来ているだけだ」
「私もこの場所に来た経緯は似たようなものだけど、ここは極楽だと思うわ」
 少女は穏やかな態度を崩さずにこともなげに言った。
「ここは日常で非日常だから、忘れられることも多いのよ」
「…………」
 意味を図りかねて沈黙していると、少女は短くなった煙草をポケットから取り出した携帯灰皿にしまった。そういうところは律儀な性格をしているようだ。
彼女がちゃんとマナーを守っているが故にこの屋上に吸殻が落ちているのを見かけたことがないのだろう。
 この少女にも傷はあるのかと改めて感じる。
昼間から何かから逃げるようにここに避難しているのだからそれは当然なのかもしれないけれど、少女はその傷をかたくなに外に出そうとしない傾向があるようにも見受けられた。


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あきゅろす。
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