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ポータブルラジオ奇想曲(くれとー)完

 日が落ちてあたりが暗くなる頃に家に帰った。
マンションの五階、似たような扉が続く廊下を自分の部屋まで歩く。
扉の新聞受けにささっている何部かの種類の違う新聞を抜き取ってから部屋に入った。
モノクロの色調で整えられた、殺風景な部屋。唯一部屋の隅に置かれた四角い蓄音機だけが鈍い飴色に輝いている。
部屋の中央に置かれた机の上に新聞を放り投げて、胸元に入れたポータブルラジオの電源を切ると代わりにテレビをつけた。
国営放送から流れてくるニュース。耳だけをテレビに傾けながら用のある新聞の表面の一枚だけを抜いていると、その合間に挟まっていた茶封筒が滑り落ちた。
拾い上げたところ、墨で書かれた流麗で力強い文字が宛名を埋めている。
テーブルの脇に置いてあったペーパーナイフで封を切ると、宛名と同一人物が書いたであろう達筆で書かれた何枚もの便箋が丁寧に折りたたまれたまま出てきた。
こんな古風な手紙を出してくるのは僕の知り合いの中では伯父しかいない。
 紙面の大半は四方山話が埋めていた。だが、最後の一文。
来週伯父が上京する際に、この家に顔を出すと書かれていた。
 僕が顔をしかめていかめしい字面の便箋を投げ出した。
心配してもらっているのはわかるし、保護者として僕を育ててもらった恩もある。だが、本人と顔を合わせるのは憂鬱だった。
伯父が来る日はどこかに適当に用を作って家に帰らないようにしようとその場で決意する。
 だが、暇を潰せる場所といっても限りがある。ファーストフード店など安価で長時間居座れるところは煩くて苦手だし、こういうときに頼れる知り合いを持っているわけでもない。第一人とは関わりたくない。
人が来なくて、長時間僕がいても誰からも文句が来ない場所。自然とあの屋上が思い浮かんだ。
あそこは容易に人に見つからない場所でもあるし、うってつけだ。
だが、と僕は思いとどまる。屋上に行けばあの少女がいる。
彼女と関わり合いを持たなければならないことになるのはそれはそれで面倒だ。
 僕があの屋上を見つけた当初は、誰もそこに訪れる人はいなかったのだ。だから、部屋にはこもりたくないが一人なりたいときに都合のいい場所としてしばらく利用させてもらっていた。
だが、いつからだろうか、やがてふらりと少女が現れるようになった。鉢合わせてもこれまで追い出そうとしなかったのは、あの廃ビルが誰の所有なのかも知らず勝手に使っているという事情もあったが、ある日突然、錆びた手すりに凭れ掛かって煙草をふかしていた少女は妙にしっくりとその場の空気になじんでいたというのが大きい。
また、最初の頃彼女は僕が屋上に転がっていても一瞥をくれるだけでアクションを起こそうとはしなかった。
その流儀も快く感じて僕はあえて少女に何も言わなかったのだが、最近顔馴染みになったからか慣れたからか、彼女はこちらとコミュニケーションをとろうと試みるようになって来た。
隣人意識というやつだろうか、こちとら必要以上に干渉されるのは真っ平である。徒に疲労が溜まるだけだ。
かといって心当たりが他にあるわけでもなく、僕は軽く溜息を吐いた。
今日僕が吐いた暴言で腹を立てて来なくなってくれればいいのにとも思ったが、少女はその言葉を風に揺れる柳のように受け流していた。
彼女もあの場はかなり気に入っているようだし、今日のことがきっかけで立ち退くなんて事はしないだろう。
またあの少女の相手をしなければならないとは気が重くなるが、致し方ないのかもしれない。
とりあえず気分が暗くなる予想は頭の隅に押しやって、僕は仕事をするためにパソコンを立ち上げた。眼鏡は外す。
元々度が入っていない伊達眼鏡だ。目を使うときには逆に邪魔臭い。
 完全にパソコンが立ち上がり、軽いキータッチで文章を打ち出し始める頃には余計な思考は全て霧散していた。



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