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十三日の金曜日、仏滅(蒼緋)完
3
 結局、新山湧は世間には自殺で片づけられた。それは修介にとってあり得ないことだが、彼の死でもっとあり得ないことが起きていることを考えるとなにも言うことはできない。
 死ぬはずのない傷で死んだ親友。
 理解不能の血痕。
 どれもこれも全て、あの浴室の鮮烈な血の匂いとともに頭に焼き付いている。
 修介は高校生から大学生になった。湧もなるはずだったが、彼はもういない。不可解な不審死を遂げた彼は今も高校生のままだ。
 あれから数年、湧の死の真相への手がかりを完璧に失った修介は悔しいながらも真相の解明を諦めるしかなかった。
 あんな劇的な死に方をした彼は、未だに頭から消えない。
 まだ耳の奥で、彼の声も聞こえる。
 奇しくも今日はあの日と同じ、十三日の金曜日、仏滅。数年に一度、最小公倍数の巡り合わせでやってくるこの日は、死神と最も距離が近くなる日。
 この日なら何か手がかりが掴めるのでは、真相が分かるのでは。そう思って丸一日大学を休んで探し回った。あのマンションにも行った。新山家の部屋はまだ空き部屋だった。
 だが結果は再び空振り。日がとっぷり暮れてあたりが闇に染まる頃、一人暮らしのボロアパートに戻ってきただけだ。無駄骨だったか、とため息をついて、修介は風呂へと入った。
 湯船にお湯をため、髪を洗い、そして体を洗おうとしたそのとき。
「いっつ!」
 スポンジを取ろうとして位置がずれてしまい、隣のカミソリが置き台から転げ落ちた。そしてカミソリが偶然左手に当たり、すっぱり手首が切れてしまった。とたんに傷口から真っ赤な血が溢れ出す。
 少し動揺しながら、修介は手近のタオルを取って傷口を押さえた。血が次から次へと溢れだしてくる。風呂で血行が良くなっているせいもあるだろう、いつもより血がよく流れる。だが傷口を見るに、かなり浅いのでほどなく止まると修介は思った。
 ふと、修介の脳裏に昔母が言ったあの言葉が浮かぶ。

「十三日の金曜日、仏滅には急患が多いんだって」

 そして次に浮かんだのは、今日ひたすらに探し回った、新山湧。神のいたずらか、湧と同じ部位をけがした。
 死ぬはずのない傷で死んだ――。
 嫌な予感がした。そっと左手首の傷口を覗くと、血は止まるどころかいよいよ勢いを増しているようだった。
「おいおいっ、」
 思わずタオルを投げ捨ててしまったが、止血は全く仕事をしていなかった。
 ぼとり
 妙な音がした。何か、ほどよく柔らかいものが、床に落ちるような音が。
 どこから音がしたかなんて一目瞭然だった。恐る恐る傷口を見ると、そこから血が、「這いだして」くるところだった。
 長さ、大きさ共に芋虫くらいだろうか。傷口から深紅の血の芋虫がのたくりながら這い出てくる。なんとも気持ち悪い動きで、動くスライムのように、ぶるぶると。出てくる途中で手首からずり落ち、あっけなく体がちぎれてゼリー状の深紅の塊がぼとりぼとりと床に落ちる。床にぶつかるとその体は跡形もなくなり、ただの血痕だけが残る。
 ぼとりぼとり、ぼとっ、ぼとっ。気持ち悪い音を立てて、血がこぼれ落ちていく。己の体から、逃げ出すように。自分の意志を持ったかのように動くそれはあまりに異質で、あまりに信じ難い。だが血の芋虫は止まることなく修介の体から逃げ出そうとする。呆然とする修介は、くらりと貧血を起こしたところで我に返った。
 これだ。
 これが原因だ。これが原因で、湧は死んだ。不思議なくらいその事実はすとんと腑に落ちた。この血の芋虫のせいで、湧は死ぬはずのない傷で死んだ。
 ――なら、俺も、死――
 修介が冷静さを保てたのもそこまでだった。その事実を認識した瞬間、彼は完全に取り乱した。ぼろぼろと落ちていく血の塊を手で受けとめて戻そうとする。だが、受けとめた瞬間、芋虫はただの液体に戻ってしまう。このままでは血を戻せない!
 既に床は己の血で一面真っ赤に染まっていた。あの、強い血の匂いが鼻をかすめる。それでもとめどなく血は落ち続ける。
「う、あ、うあ、あ……!」
 言葉にならない悲鳴をあげ、傷口を押さえて助けを呼ぼうと必死になる。だが助けてくれる者はおらず、押さえた傷口からは血がのたくり這い出る。
 出血しすぎだ。世界がぐるぐる回り始める。気持ち悪い。きもちわるい。はきそう。きもちわる――
 突然全てが真っ白になった。あ、意識落ちた、と気づく前に、修介の精神は暗い闇の底へ落ちていった。耳元で、湧の声が聴こえた。


 ある、十三日の金曜日、仏滅。とあるボロアパートで、一人の青年が死体となって見つかった。風呂場で、紅い血の池に沈み溺れるようにして彼は死んでいたという。
 死因は大量出血による失血死。
 だが、彼、井佐治修介には、これといって致命傷は見あたらず、左手首にカミソリで切ったと思われる浅い傷跡しか存在しなかった。
 どうやら彼は、自殺したらしい。

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