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Slaughter Game(外村駒也)
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 シズカは家を飛び出して、ただ当てもなく自転車を走らせていた。時刻は夜中の11時を回っている。本来、中学生である彼女に、こんな時間の外出は法律として認められてはいない筈であった。だが、これは日常茶飯事である。彼女が夜中に家にいることの方が珍しかった。
 この日もまた、彼女の義父が酒に溺れて、彼女とその母親に振るう暴力に耐えかねて、家を出たのである。いつもの通りならば、シズカは明け方に義父が出勤してから家へと戻り、そのまま学校へと向かうのであった。一年前に義父が家に来てから、ほとんど毎日、このような生活を送っている。
 気が付くと、シズカは自転車を停め、いつもの交差点の前に佇んでいた。そこは3年前、シズカの親友だった一人の女子、矢代アイカが、彼女の目の前で大型トレーラーに轢かれた場所だった。
(人間って、何の為に生きてるのかな。死ぬときは一瞬なのに……)
 シズカは、あのときの光景を思い出していた。
 迫り来るトレーラー。運転手の恐怖で見開かれた目。声さえ出なかった自分。虚無を見つめるかのような親友。ピンポン球のように跳ね飛ばされる親友。ブレーキの軋む音。車体と地面との隙間に引き摺り込まれる親友。血飛沫。バラけた四肢。裁断された胴。飛び散った臓物。首。脳漿。光のない目。
 全ては数秒の出来事だった。自分はただ見つめていた。ヒトの壊される様を。余りに呆気なかった。自分もいつか、壊され得るのかと思うと、寒気がした。ただ、寒気はしたが、恐怖は感じなかった。むしろ、変な感情を抱かずに死ねる。そういった思いの方が強かったのである。
 その考えは近頃、より重みを増してきた。シズカは、一年前から、自分の死に方を考えてきた。いかに時間をかけず、かつ綺麗に死ぬか。彼女の思考はいつもそこへと行きついた。ただし、自殺は対象外だった。自らの手で命を絶つ心算はない。ただ自然に、運命の為すがままに死にたい。それが彼女の考えであった。
 しかし、この日は違った。彼女はとにかく死にたいと思っていた。生きる意味をついに見つけられなかった。自分が必要とされない存在であると思えた。彼女の哲学は既に意味を成してはいない。
 シズカは、歩道橋の中ほどで立ち止まった。真下を通る国道は、車がひっきりなしに通っている。飛び降りれば、地面に接する前に命は絶たれるだろう。彼女は、自分の死ぬ光景を客観的に思い描いた。
 自分は頭から飛び降りる。地面が自分に迫ってくる。車の運転手が、自分を轢くまいとブレーキをかける。タイヤが悲鳴をあげて軋む。自分の目の前には、既に地面が待ち受けている。不意に視界から地面が消える。瞬間、空が見える。それと同時に、道路を真っ赤に染めて、自分は砕け散る。2秒以内に全ては終わる。
 その想像に、シズカは何の苦痛も感じなかった。かえって彼女に快楽をさえもたらした。
 シズカは、歩道橋から、飛び降りた。


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あきゅろす。
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