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Slaughter Game(外村駒也)
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 蕨カズシは、今にも飛び立ちそうなほどに軽やかな足取りで、廊下を歩いていた。そして、ときどき立ち止まっては、手元のH&K-MP7(ヘッケラー&コッホ-MP7)に、うっとりとした目線を送っている。
 彼、蕨カズシは、表向きは高校の化学科教諭ではあるが、裏の世界では頭脳明晰なハッカーとしても名が知られている人間である。
 彼の持つH&K-MP7は、40発の弾丸が装填できるPDWで、ドイツの正規軍に採用されたこともある代物である。PDWというのは、小銃並みの威力を持った弾丸が使用される大型マシンピストルと考えれば解りやすいだろう。弾丸の発車速度は、毎分950発という脅威の速度だ。しかし、大型とはいえ、片手で扱えるものであり、反動も片手で耐えられる程度と言われている。重量も1.2キロ程である。逆に難点を言えば、弾丸が他の銃器と互換性が無く、部品も独特なものであるため、製造数が少ないことであろう。いずれにせよ、使い易さと威力の両面を極限まで追求した銃であるといえる。
 そして、蕨が嬉々としているのは、そのことを十分承知しているからだ。つまり、蕨は最高の武器を手に、このゲームに参加していて、当然、脱出者に与えられる大金を真剣に取りにかかっているのである。
 だが、幸か不幸か蕨は、部屋を出てから誰とも出くわさずにここまで来ていた。そう、彼は既に出口の扉の一つを見つけたのであった。しかし、案の定その扉には、脱出のための条件が記されていた。
 ――支給された武器類による最低2名以上の殺害
 面白い。あくまで私たちに殺し合いを実行させる気だということか。乗ってやろうじゃないか、と蕨は心に決めていた。
(どうせ、他の扉も条件が付いているのは間違いない。無条件の扉の存在も怪しいものだ。それならば、とことんこのゲームに参加して、他の全員を殺害して150億を独り占めしてもいいかも知れない)
 蕨は完全に他人を殺すことだけを念頭に置いて廊下を歩いていたのである。当然、そういう訳であるから、見つけた扉の位置も憶えてなどはいなかった。もっとも、単純な壁だけが続く入り組んだ廊下のどこに扉が存在するかを記憶することは不可能なことではあったが……。
 パパン。どこからか銃声が聞こえた。
 蕨の口元が不気味に歪む。微笑が口から漏れた。
(今の銃声はどこからだ。俺も参戦してやる)
 彼は不意に駆け出した。40発の弾倉をグリップの底に取り付ける。気合は十分といったところか。
 だが、駆け出したのも束の間、蕨の行く手に十字路が塞がった。蕨は四方を見渡したが、誰の姿も見えない。既に銃声は鳴り止んでいた。
 蕨は舌打ちすると、床に腰を下ろした。元来、化学科教師の上にハッカーであることも重なって、研究室や自室に閉じ篭りがちで、運動不足は目に見えている。急に駆け出したことで、彼の呼吸は荒く、心拍数も普段の倍以上に跳ね上がっていた。
(はぁはぁはぁ……っふぅ。参ったな、ここまで体力が衰えてたとは。この分だと、銃撃戦になったときにH&Kを操り切れないかも知れないな)
 蕨は自嘲気味に笑い、遠くへと目を遣った。
 ふと彼は、目線の先に、光る何かが落ちているのに気が付いた。それは非常に小さく、その角度で偶然、光が反射して蕨が気付くことが出来たのである。
 彼は、乱れた息のまま立ち上がると、周りを見回して危険のないことを確認すると共に、光る何かの方へと歩を進めた。
 蕨は、光るそれに手を伸ばし、取り上げようとしたが、すぐに手を引っ込めた。
「熱っ」
 ポケットからハンカチを取り出して、慎重にそれを包み、蛍光灯の光に照らして観察した。それは、薬莢のようだった。まだだいぶ熱いところを見ると、発砲されて間もない物らしい。
 彼はにやりと笑うと、角を曲がって奥へと進んで行った。


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