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『その時』が来たら(柚木)完
ある朝のやり取り
 「おや、今日はいつもよりも遅かったねえ。」
出会い頭に、おばあちゃんはそう言った。彼女の背骨はとうに曲がっていて、背がとても小さく見える。くしゃくしゃした顔からは、優しさと暖かさが滲み出ていた。別に良いじゃないか、僕は自分が好きな時に起きて、好きな時に眠る姿こそ、正しいんだと思うよ?そんな僕の考えを見抜いたかのように、おばあちゃんは笑う。
「ああ、別に悪いと言っている訳じゃあ無いんだよ。ほら、ちゃんとお前の分のご飯はとっておいてあるんだから。」
そう言われて差し出されたご飯は、いつもよりも少しツヤが無いように見えた。なるほど、僕は確かに少し眠りすぎたのかもしれない。実際、もう太陽はかなり昇っていて、強い光を放っている。学生達は学校にいるのだろう、談笑は聞こえない。それでも、自分が求めるだけの睡眠を取れた歓びは、朝の時間を無駄にした後悔に勝る。いや、よく考えたら別に無駄にした訳じゃないよね。だって今僕は満足なんだし。
 そんな事を考えていると、
「母さん、またそいつにご飯やったの?もう!その魚だって、立派な売り物なのに!」
と、怒り声がとんできた。
「あらあら、ごめんねえ。でも、ご飯をあげないのも、可哀想でしょう?」
おばあちゃんは声の主に言う。声の主は、商店街の魚屋のおばちゃん。おばあちゃんの、娘でもある。つまり、おばあちゃんは魚屋さんのご隠居さんなのだ。あれ?魚屋さんでも、ご隠居さんって言うのかな?
「可哀想なんかじゃないわよ。もしそいつが仕事でもしてくれるって言うんなら、そりゃあ賄い飯くらいあげても構わないとは思うけど…。」
そう言って、諦めたように溜め息をつく。どんなに言っても、おばあちゃんがやめないであろう事は、目に見えているからだ。
 僕は、正直この人が苦手だ。あんなに優しいおばあちゃんから、どうしたらこんなにこうるさい人が生まれるのだろう、といつも思ってしまう。おばあちゃんは、好意で僕にご飯をくれているのだから、その好意を認めてくれたって良いんじゃないの?
 そう思いながら僕は、会話を続けている彼女達に背を向けて歩き出した。
「もう行くのかい?」
そう呼びかけるおばあちゃんの方を振り返って立ち止まりながら、僕は一言、

「にゃあ、」

と言って、尻尾をゆらゆらと揺らしながら去っていった。


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あきゅろす。
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