[携帯モード] [URL送信]

夜半の風(煌鷹)完

 十分も経った頃、流石に心配になってきたレイズは思わず前を歩くファルエラに聞いた。
 「それにしても大きな神殿だな。こんなに奥に入っても平気なのか?俺はもう通路を覚えてはいないぞ」
 だがファルエラは自信満々の表情でレイズに笑ってみせた。
 「大丈夫だ。俺の四万年の勘を信じろ」
 「四万年?」
 冗談だ、とファルエラは笑った。だが言われてみれば、彼が四百年生きていたとしても不自然ではないか、とも思う。ファルエラの知識は膨大で、なんと言っても医術にまで精通しているのだ。若者でなければ、彼が方舟のノアかと疑うところだろう。
 「ま、俺は君に全幅の信頼を置いている」
 「知っているよ」
 今まで何度も、レイズはファルエラに助けてもらった。ある村で疫病に罹った時も、彼の薬に救われた。否、レイズだけではなく村の病人全てが救われたのである。今回も自信満々のファルエラを見て大丈夫だろうとレイズは思っていた。
 二人は足音の響き方が変わったのに気づいた。恐らくはこの先には広間か何かがあるのだろう。そこまで行けば先ほどの物音の正体が分かるとレイズは期待した。神殿の廊下を風が強く吹き抜ける。
 寒いな、と思うだけで始めは風など気にも留めていなかったが、ファルエラの一言がレイズの背筋を凍らせた。
 「まずい…火が消えそうだ」
 はっとしてレイズが見ると、風で炎が大きく揺れていて今にも消されそうだった。さっきまでいた入口よりも奥の方で風が強い理由はレイズには分からなかった。不気味に思って聞いたがファルエラは答えない。
 「ちょっ…どうするんだ」
 半ば悲鳴にも似たレイズの心配そうな声にもファルエラは答えなかった。そのまま前へ歩いていく。とりあえず先にあるであろう広間に出ようというのだろうか。レイズも仕方なく後を追いかける。
 一際強い風が駆け抜けていったと同時に、辺りは闇に包まれた。
 「あっ」
 ここまで奥に入ってしまっては外の月の光など届くはずもなく、一メートル先どころかお互いの表情すら見えない。ただファルエラが妙に落ち着いているということだけはなんとなく感じられた。
 「ファルエラ?」
 どうして、とレイズが訊こうとした時、ファルエラではない、誰かの透き通る様な声がした。
 「旅の者、歓迎しますよ。私はケルビムの長」
 ケルビムといえば、天使の九階級の序列の中でも上から二番目、智天使のことである。その長と聞いてレイズは一人の天使の名を思い出した。
 「智天使の長…ガブリエル様?」
 もしそうならこの声の主は熾天使ミカエルと並ぶ、「七人の大天使」の一人である。もしかするとここはガブリエルの神殿なのか……?だが彼女もファルエラと同じように、彼の問いに答えようとはしなかった。
 「ファルエラ、ファルエラっ」
 「俺はここにいる」
 いつもと同じ温かい声だったが、レイズは安心できなかった。何かが違っていた。
 「ふふっ、我が子孫がお好きなのですね」
また別の声がする。
 「久しぶりにここに来てみたが…『ラジエルの書』を探しているのだな。私はメタトロン。それともエノクと言う方が分かりやすいかな?」
 「エノク…様?」


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!