火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第五章:手探り
「ねえスレイプ兄貴、ファイヤードレイク兄貴はいつ戻って来て下さるのかな」
シヴァラは砦から少し離れた崖のてっぺんに腰掛け、足をぶらぶらさせながら遠くを眺めていた。髪の色を変える薬をここに取りに来てから一度も、ファイヤードレイクは帰って来ていない…もう四十日にもなるというのに。
「あの兄貴のことだ。きっと〈革新の時〉に関することを調査していらっしゃるのだろう」
「でも長すぎない?」
確かにな、とスレイプニルは言った。
「とにかく我々は、いつでも行動できる状況を作っておかねば…兄貴の期待に応えるために。キヌス隊長も近頃、義弟たちを頻繁に激励しているとか」
「ふーん。僕は兄貴がいればそれでいいんだけどね。というか、兄貴が〈運命の子〉だったらいいのになあ」
スレイプニルは「滅多な事を言うものではない」と苦笑した。だが確かに彼も、自分より若いファイヤードレイクについてシヴァラと同じ事を思っていた……この主なら間違いなく、万人が望む世を創ってくれる為政者になる、と。
「多くの人の支持さえ得られた人がいれば、僕はその人が統治者になるべきだと思う。〈運命の子〉が怖気づいて現れないなら尚更、ね」
それ以上なにも答えなかったスレイプニルから目を離してそう言うと、シヴァラはつまらなそうに欠伸をして砦に戻って行った。
その頃、ファイヤードレイクは激しい力の消耗に喘ぎながらフェンリルの寝台に横たわっていた。始めから無茶な試みだと分かっていたからこそ、彼は暫く身を隠すのにこの場所を選んだのだ。
「全く、だから力を貸そうと言ったのだがな」
意識が朦朧としているらしく何も答えないケイオスにフェンリルは言った。他人の意識に入り込めば短時間でも著しく力を消耗するのに、ケイオスはそれを承知でもう二十日以上これを続けている。
「聞こえていないかもしれないが一応話しておこう。たった今入って来た情報だ」
「……話してくれ」
ファイヤードレイクは微かな声で、だがはっきりと応えた。思いの他ケイオスの意識が明瞭なのを知ってフェンリルは驚いた。
「毒龍と獅子鷲が、〈革新の時〉と称して同盟・挙兵したらしい。司祭の動きは全くないようで、実際の戦闘はない。ここまでは予想通りだ。そして何故か不死鳥が自ら、各地を飛び回って其方を探している」
「フェニックスが?」
意外な名前が挙がったのでファイヤードレイクは目を開けた。
「炎を纏いし者同士、気が合うのかもしれないな」
フェンリルの揶喩の言葉をケイオスは無視し、再び目を閉じてしまった。やはり相当辛いのだろうと察したフェンリルは溜息をつき、ケイオスの手首を強く掴んだが少し抵抗された。
「其方が何と言おうと、力を貸させてもらおう。消耗しきって其方が死んでは俺も困るからな」
「やめてくれ」
ファイヤードレイクは頑としてフェンリルの力を受け付けようとしなかったが、弱っている彼の抵抗は長くは続かなかった。
「俺を拒絶するつもりか?」
フェンリルは強引にケイオスに力を流し入れた。力を奪い取られる勢いからは、無尽蔵と言われるケイオスの力でさえも最早限界に近づいていることが窺える。想像以上の勢いにフェンリルも思わず呻いてしまった。
「どうなさいましたか、兄貴」
いつの間にか部屋にはニーズヘッグが入って来ていたらしい。寝台は間仕切りの奥にあるのでケイオスを見られた心配はないのだが、どうも今の自分の呻き声を聞かれてしまったようだ、と気づいてフェンリルは焦った。
「いや、何でも無い。今そちらに行く」
フェンリルは仕方なく、掴んでいたケイオスの手首を離した。言い訳を考えながら扉の前で待っているニーズヘッグのもとに向かう。
「兄上、下にベンヌと名乗る者が来ていますが」
「ベンヌ?」
フェンリルの脳裏に一人の名が浮かんだ。
「一度用件を聞いて、それが何であってもここに連れて来い。応接間ではなく、ここに、な」
ニーズヘッグが去った後、フェンリルは間仕切りの奥に向かって「良いだろう?」と呟いた。
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