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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第十二章:闇討ち

 主に言われた通り、スカラーは陣営で夜襲に備えていた。それを相手に悟られては夜襲を諦めてしまう可能性が高いので、見張り以外の戦士たちには戦いの用意をさせた上でそれぞれの幕舎の中で待機させている。
 主とラーヴル率いる精鋭隊は随分前にここを発った。沙琳にいるという別動隊がそれを知ったならば、時期得たり、とばかりに攻めてくるだろう……それを叩けばいい。精鋭隊の行動は二つの意味を持っているのだ。
 スカラーがそんなことを考えながら長槍の刃を磨いていると、敵の夜襲を知らせる見張りの大声が聞こえた。彼は槍を磨いていた布をその辺りに放り棄てると主に託されたものを腰の袋に入れ急いで外に出る。
 「来たぞ、夜襲だ!」
 暇だったのかキヌスが陣中を大声で触れ回っていた。仕方ないな、とスカラーは苦笑し、キヌスに「陣を出るなよ」と釘を刺して戦士たちの雄叫びの中を駆け出していった。
 敵集団の先頭にいたのは女性だった。
 「あれは〈グリフォン〉のビリュザー」
 目が合う。
 「ほう……」
 目の前にいた戦士を一人軽々と切り捨て、ビリュザーはスカラーに歩み寄ってきた。スカラーは慌てて袋から鱗を出す。
 「何十年ぶりだろうね。こんなところにいたのか」
 「近づくな」
 冷たくそう言ってスカラーは槍を前方に構えた。
 「『戦場で馴れ合うつもりはない』とでも言いたげな顔だな」
 スカラーは返事をしない。
 「安心したよ。変わらないね」
 ビリュザーが反りの大きな刀を肩の前で構える。スカラーはその間も今か今かと呪を発動する機会を覗っていた。暫く二人が殺気立った状態でにらみ合っていると、敵の後続がどっと押しかけてくるのが見えてスカラーはにやりと笑った。
 力の流れを意識の支配下におき、それを一気に呪に流し込む。
 「……我が力よ、厚き壁となりて敵を囲め」
 「術かっ」
 スカラーの詠唱が途切れ途切れにしか聞こえなかったビリュザーは、攻撃の術と思い高く跳び上がった。しかし何の攻撃も来ない。そればかりか、山が一つ易々と入ってしまいそうな大きさの紅い半球が現れてその場に覆い被さった。
 ビリュザーは大きく舌打ちし、慌てている自軍の戦士たちに戦意を取り戻させるためにスカラーから離れていった。
 「……成功、したか」
 スカラーは砕けてしまった呪を地面に捨てるとまた満足気に笑った。だがその瞬間、激しい疲労感が彼を襲う。
 「うっ……」
 足の力が抜けてスカラーはその場に力なく座り込んでしまった。扱ったのは術ではなく呪だったのにも関わらず、どうして自分がこうなったのか彼は必死に考える。
 ここは戦場だ、早く立ってビリュザーを消しに行かねば!
 彼女に会ってからのことをスカラーは順番に思い出していく途中、彼は自分の愚かな過ちに気づいた。
『……我が力よ、厚き壁となりて……』
詠唱の一部分を思い返して彼は自分に呆れた。
「ああ、俺は自らの力を使ってしまったのか……あれは『我が力』ではなく『力』とすべきだったのだな」
普段使っている術の詠唱が思わず口をついて出てしまった。そうか、そういうことだったのか……それならこの疲労感から抜け出す方法は、ないな。
「何をやっている、スカラー!」
「……兎」
キヌスが座り込んでいる戦友に気づいて駆け寄る。
「其方、消耗の度合いが……」
「俺が詠唱なしで術を扱えればこんなことにはならなかった」
「意味の分からないことを言っていないで、ほら、戻るぞ!」
抱え上げられてスカラーは「槍を拾ってくれ」と頼んだ。
 キヌスはやれやれ、その言葉に従ってスカラーの槍を拾い上げ、彼に持たせると辺りを見回す。
 「戦況は?」
 「暗くてよく分からない」
 キヌスが剣を向けてきた敵の戦士を一人、蹴り飛ばした。
 球体の端に取り込まれた幕舎の中にスカラーを横たえると、キヌスは偶然近くにいた戦士にそれを知らせた。そして自身は剣を抜いて乱闘中の戦士たちの中に斬り込んで行く。
 「せいやあっ!」
 いつもほど高く跳ぶことは出来なかったが、キヌスは宙からビリュザーの姿を見た。着地と同時に敵の戦士だけを選んで斬りつける。舞う光粉の量や凄まじく、それは少し離れたところで戦っていたビリュザーの目にも留まった。
 「スカラーか?いや違うな」
 ビリュザーがこちらに走ってくるのを見て、キヌスはまた跳び上がって半回転、ビリュザーの背後に着地して彼女の首に剣を押し付けた。彼女の体が硬直したのが分かる。
 「動くな。〈グリフォン〉のビリュザーと見た。俺の名はキヌス」
 「……名は知っている。戦い方が奇抜だ、とな」
 「言い残すことはあるか」
 「武人たるもの死は潔くあるべき」
 「そうか、尊敬に値する覚悟だ」
 暗闇に光粉がまた一つ、ぱっと散る。


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あきゅろす。
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