火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第十一章:援軍
天蓋山唯一の登山道の頂上付近に陣が構えられているという情報が、その陣形や隊長の名まで詳細に、ファイヤードレイクの送り込んだ斥侯たちによってもたらされた。調べるまでもなく分かることではあったが、調べておかないわけにはいかないだろう。
「兵を形すの極は、無形に至る」
報告を受けながら、ファイヤードレイクは少々落胆したようにそう呟いた。その理由は誰にも分からない。
「分かりやすいにも程がある……伏兵といい、これといい……彼らには勝つつもりがあるのだろうか……」
「ま、まあ、我々の有利に戦いが進むのであれば、よろしいのではないでしょうか」
どう答えていいのか分からず三番隊隊長のラーヴルが言う。主の不満の原因が相手の作戦のなさであることだけは彼にもなんとなく予想がついたのであった。
「ここまで抵抗が薄いと、我々に非があるように見えてしまうのではないかと心配だ」
ファイヤードレイクは暫く地面を見ながら考え事をしていたようだったが、やがて何かを思い立ったようにファイヤードレイクは顔を上げて将軍たちの目を見てこう言った。
「今から夜陰に乗じて天蓋山に登る。更にそれとは別に先発隊を結成して上空から攻撃をかける。出発前にその者たちには伝えてあるから、三十分以内に出発できるように集めてくれ。先発隊は俺が率いる。精鋭隊は、伝えていた通りラーヴルに任せる。他の隊はここで待機していてくれ。直に、先程報告のあった別動隊がここに来る。それを全滅させろ」
「全滅?」
そう聞いたキヌスの声は少し裏返っていた。
「そう。それは我々がここに着く前に沙琳に別動隊として動かされた一隊だ。彼らに天蓋山への報告をさせてはならない。それについて、スカラー」
「はい」
「結界術よりも強力な防壁の呪を、預けておく」
ファイヤードレイクは何かの鱗らしきものをスカラーに渡した。
「別動隊の規模は小さい。できるだけ多くの自軍戦士と別動隊を全方向に広がる防壁の中に包み込め。術士でもある其方なら発動と破壊の方法は分かるだろう」
承知致しました、とスカラーは答えて拱手した。
「末将は?」
キヌスが待ちくたびれたように口を開いた。
「背中に痣のある方は大人しくなさっていた方が良いのでは?」
「なんだとスレイプニル」
「跳べない兎はお休みになっていてください」
「誰が兎だ、誰が」
笑いをこらえきれずに皆笑った。
「言っておくが俺の原形は兎ではないぞ」
「誰がそのようなことを申しましたか、兎隊長」
「なんだそれは……」
「ともかく」
このまま二人のやり取りを聞いていたかったのは確かだが、今はそんな余裕のある時ではない。ファイヤードレイクは微笑を浮かべながら二人の会話を止めた。
「其方にはここの警備をお願いする。自重しろ、兎隊長」
困り果てた顔をしているキヌスをそのままにしてファイヤードレイクは指示を続ける。
「それと、先発隊と精鋭隊には、援軍が加わる可能性がある」
「援軍?」
そうだ、とファイヤードレイクは頷いた。
「ここにいる者には伝えておく。援軍とは……」
「……私ですよ」
誰かが無断で幕舎に入ってきた。温和そうな若者である。ファイヤードレイクは突然の訪問者に驚いた。
「突然すみません。お初にお目にかかります、ジュンインです」
その場の誰にも、主の言った援軍が彼のことではないことが分かった。しかし敵であるグリフォンの一人息子である彼の来訪に皆驚き、或は警戒している。
「私は父に失望して氷垣を去りました。そして今ここにいるのは、ただただ皆さんのお力になれたら、と思ったからです」
「一人でいらしたのですか?」
「ええ。部下たちを連れてこれば彼らがかつての主に寝返る可能性がありますから」
ファイヤードレイクは少しの間ジュンインの目をじっと見ていたが、直ぐにいつもの微笑みを浮かべた。
「非常にありがたいことです。今から私とご同行願えますか」
「勿論です。必ずや力になりましょう」
「兄上、よろしいのですか?」
スカラーに心配そうに聞かれて、ファイヤードレイクは「問題ない」と答えた。
「そうだ、先程言いそびれてしまったが、予め聞いていた援軍というのは、レイヴンだ」
沈黙が流れる中、ジュンインの顔が少し強張った。
「やはり、消えてはいませんでしたか」
「ええ。そのようですよ。それと」
まだ驚愕の言葉が主の口から出るのだろうか、と隊長たちは少し身構えたが、スレイプニルだけが冷静であった。
「来るかもしれないのですね、彼が」
そうだ、とファイヤードレイクは答えた。
「しかし、彼の名をここで出すことはできない。そういう約束だが、来たとしたら、彼は……我々の同志だ」
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