[携帯モード] [URL送信]

火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第十章:空中戦

 天蓋山の麓、琳東(リントウ)関の西、険しいこの山に登ることのできる唯一の道の手前にユノーは隊を連れて待ち構えていた。十三日前にファイヤードレイクが晃來山を発ったという知らせを聞いて、一昨日から伏兵をしているのだ。大軍を率いてでは少なくとも十一日はかかる。敵となりうる自分たちがここに集まっている以上、あの理不尽な法を守って司祭に戦闘の承諾をもらっているであろう彼らを妨げる者は道中にはいない。
彼らがここに来るのが予想より随分と遅い。これでは伏兵も失敗してしまうのではないか、とユノーは思った。草に身を隠して長時間敵を待つのはなかなかに精神を疲弊させることである。
 今日も来ないか、とユノーが諦めかけた瞬間、どこかまだ遠いところから声が聞こえた。
 『誰もいないようだ。行くぞ!』
 ……来た。
 自分たちの姿が確認されていないらしいことを知り、ユノーは一先ず安堵した。敵に予想されていた伏兵ほど無意味なものはない。しかし敵が配備を終えないうちに隙を突いて叩くのに、伏兵ほど有効な手段はない。しかも敵にとってここは絶地だ。一気に畳み掛けて敵の戦意を喪失させれば後々楽になる。
 ユノーは西を見た。無地の赤旗がいくつも翻っている。普通は軍旗といえば様々な装飾や図柄で他との差別化を図るものだが、どうやらファイヤードレイクは別の思惑で旗を作ったようだ。
 伏兵しておいて敵に退却されるようでは意味がない。ユノーは敵が自分たちに気づく寸前まで近づくのを待った。沙琳城への退路を断つことのできる位置まで敵を引きつける必要がある。
 敵は何も知らずに近づいてくる。もう少し、もう少し……
 「行くぞっ!」
 ユノーは大声で合図を出して敵の真ん中に突入した。二つに分断され、敵はユノーの思惑通りうろたえて……はいなかった。
 分断されたかのように見えた敵は、冷静に行動してユノーたちを取り囲んだ。明らかに伏兵を読まれていたのである。
 「利を以てこれを動かし、詐を以てこれを待つ、だなっ!」
 殺気というより戦いへの悦びに満ちた気合を発しつつ、ユノーに斬りかかってきたのはキヌスであった。木に飛び乗っていたのだろうか、彼は剣を構えた状態でユノーの真上から落ちてくる。
 「ていっ!」
 着地と同時に振り下ろされたキヌスの剣を防いだ腕が痺れる。
 「ユノー、お相手願おう!我はファイヤードレイクの義弟、斬り込み隊長こと一番隊隊長のキヌスだ!」
 ユノーはちっと舌打ちをした。キヌスが術の通用しない相手と知っているからである。他の将軍やファイヤードレイクならまだしも、ユノーにとって何とも厄介な相手だ。
 しかしここで退くわけにはいかない。
 「いいだろう!」
 まだユノーの腕は痺れている。これもキヌスの計画のうちだったのだろうか。
キヌスはユノーの腕のことなどを気遣うはずもなくそのまま攻撃の構えに剣を移した。両手で肩の高さに剣を支え、ユノーに切っ先を向ける。守りに入るつもりはないようだ。
 「はあっ!」
 先に仕掛けたのはユノーである。先手を取られた自分が勝つには主導権を握るしかない。自分が剣を振り下ろすのと同時に戦士たちも戦闘を始めたようだ。一斉に剣のぶつかる音が鳴り響く。
 ユノーの第一撃をキヌスは受け流した。彼はそのまま飛び上がって空中で半回転し、上空から勢いをつけて再び剣を振り下ろす。奇妙な方法で一気に間合いを詰められてユノーは用意しかけた術を発動させることを諦めざるを得なかった。術を使うだけの時間の余裕をキヌスは与えてくれない。
 ユノーはこれ以上腕を痺れさせないようにキヌスの剣を躱した。しかし片足で着地するとキヌスは体を低くし、ユノーの足元から一気に斬りあげる。剣でその攻撃を受けるしかなかった。
 ユノーが反撃に移ろうとすると、キヌスはどう体を使っているのかまたもや高く飛び上がって攻撃を仕掛けてくる。
 「貴様は……兎かっ」
 このまま奇妙な空中戦に乗せられていては埒が明かない。ユノーは詠唱の不要な術の中でも最も発動時間の短いものを攻撃に利用した。炎で成形された縄が空中のキヌスを絡め、ユノーはその縄の片側を引いて一気に地面に叩きつける。キヌスは一体どういう反射神経の持ち主なのか、空中で咄嗟に体勢を変えてユノーの上に落下した。
 「ぐあっ!」
 二人の呻き声が同時に響く。地面に赤い血が流れた。
 その出所を追うとユノーの右足であった。キヌスを宙から引き摺り下ろしたときに剣が刺さったらしい……ユノーは全力でキヌスを突き飛ばした。刺さっていた剣はキヌスと共に離れた。
 立とうとするが力が入らない。炎で成形した縄の端は既にキヌスが手中に収めていた。ユノーは慌てて別の術を発動する。キヌスに向けた掌から激しく炎が噴出された。
 いつかケイオスがソリッツに向けたような炎だった。
 キヌスは術での攻撃を悟り、落下の衝撃の痛みを無視してまた宙高く跳び上がり躱す。炎はキヌスの先にいた数人の戦士を焼いた。ユノーは宙で無防備なキヌスに向けて再び炎を放射する。宙では大きく体の位置を動かすことはできまい。
 勝った。
 そう思った瞬間、途中で太い木の枝に飛び乗ったおかげで髪を少し焦がされただけのキヌスが勢いよく飛び降りてきて、様々な感情の入り混じった表情のユノーを両断した。
 戦場に光粉がぱっと散る。


[*前へ][次へ#]

10/12ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!