火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第八章:失踪
「カリアス?おいカリアス?」
ファーブニルは砦中を駆け回っていた。昨晩は彼の部屋で眠っていたカリアスが、目覚めるとどこにもいない。いつもはファーブニルが起きる頃にはまだカリアスは眠っているのに今日は姿が見当たらない。当然の如く全員でカリアスの捜索に当たっているのだが、探せども呼べども彼の姿はなかった。
いくら〈運命の子〉とは雖も子供の足では短時間に遠くまで行くことのできる筈がない。砦の外まで捜索の手を回してはいるが、朗報はおろか目撃情報さえ届かなかった。
流石のファーブニルも息を切らして壁に寄りかかる。そこに同じくカリアスを探しているペガソスが声をかけた。
「こういう時こそレイヴンがいれば良かったのだが……」
「消えた者の話をするな」
答えたファーブニルの口調は苛立ちを隠せていなかった。
「こんなことになるとは……思ってもいなかった」
「やはり誰かが連れ出したのだろうか」
「其方、誰かと言いつつも具体的な人物を思い浮かべているように聞こえる。奴は消えたんだ」
そうは言いつつもファーブニルもレイヴンのことを考えていた。もしカリアスが何者かによって連れ出されたのなら、同室で眠っていた自分を起こすことなくそれを実行できるのはレイヴンくらいのものだ。しかし、彼はユノーの手によって消された。
状況を考えるに、カリアスが一人で勝手に出かけたということは最早ありえない。誰かに連れ出されたのだ。
誰に?
それが可能な者は、まず、天蓋山の地形や砦の内部状況を知っていることを前提に、警戒の目を掻い潜れるほど侵入に熟練した者、武人であり術士のファーブニルに気づかれることなく隣で眠るカリアスを音もなく連れ出すことができる者、カリアスを連れて誰にも見られることなくここから逃げ出すことのできる者、そして、ファーブニルの部屋に掛けられている結界術を破って元に戻すことのできる者、さらに、ファーブニルが許可した者にしか扉は開かないようになっているから、窓から侵入できる者。
「レイヴン……まさか」
何度否定しても彼の名しか浮かんでは来なかった。だがしかし、もしレイヴンがそれを実行したとすれば、ユノーが消したというレイヴンは何だったのか?
「……ユノーに尋問したいことがある」
何故ユノーはレイヴンを追撃したときのことを一切語らないのか。レイヴンの消失に不審点があるからではないのか。
「分かった。ファーブニル、今すぐユノーを呼ぶ。俺もその尋問に立ち合わせてもらいたい」
ファーブニルが頷いたのを見て、ペガソスは「さっき見かけたばかりだ」と言って自らユノーを呼びに行った。
仮に、ユノーの斬ったレイヴンが幻の類のものだったとしよう。しかし、光粉を散らすというような消失の演出はできるものなのだろうか?ユノーの剣に血が付いていたことの説明はどうすればいい?あの夜、ユノーは確かに血糊を削り落としていた。
「ファーブニル」
ペガソスはユノーを連れて、存外早く彼のところに戻ってきた。
「其方の部屋で話をしよう」
歩き出した二人にユノーは無言でついていった。あの日以来、何故かユノーは虚無的な、くすんだ目をしている……やはりあの時、強引にでも聞いておくべきだったのか。
「話したくはないようだが、其方の口から、レイヴンの最期の様子について語ってほしい」
部屋に二人を招き入れてファーブニルは言った。
「質問に答えてくれ。いいか?」
ユノーは小さく頷いた。
「彼を斬った状況は?戦闘になったのか?」
ユノーは首を横に振った。
「闘いもしなかった、というのは、不意打ちしたのか?」
ユノーはまた首を横に振った。
「レイヴンは術を使ったか?」
「使いました……が、彼の消失には無関係です」
ユノーは初めて口を開き、自発的に説明を始めた。
「レイヴンは私を挑発し、自分を消してくれ、と言いました。それが双方の名誉を守ることになる、と……」
「名誉を?其方の名誉は分かるが」
「私も同じ質問をレイヴンに致しました」
ペガソスとファーブニルの視線が合う。
「すると、レイヴンは……叛逆者のままで消えることが自分の望みだ、だから消してくれ、と……」
「ふむ……『叛逆者のままで』か」
ペガソスは床を見つめながら少し考えると、突然顔を上げてファーブニルを見、一言こう言った。
「レイヴンは消えていない」
「……成程、な」
ファーブニルがペガソスの思考に追いついて舌打ちした。
「レイヴンの言葉の真意は、『叛逆者』としての自分を消してもらおう、ということだったのか。つまり、我々に……一度『消えた』自分は誰の支配も受けない、という宣言をしたということ」
ユノーは状況が掴めずに上目遣いに主を見ていた。
「奴の術の能力の程など考える必要はない。幻でそのようなことが可能かどうかなど奴の場合は関係ない。レイヴンは生きている。カリアスを連れ去ったのも、レイヴンに違いない。それと、ユノー……お前に責任はない」
ファーブニルはそう言うと、滅多にしない歯軋りをしていた。
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