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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第四章:叛逆者の消失

 多勢の追っ手が沙琳城から西へ向かっていた。軍頭にはユノーが、あまり気乗りしない表情を隠すかのように周囲の風景を見回しながら歩いている。歩いているとはいえ目的は反逆の疑いのある者を連れ帰ることであるから、追いつくためには急がざるを得ない。無論、小部隊を大急ぎで先に行かせてもいる。しかし命令の遂行が不可能であることがユノーには分かっていた。良くて遂行失敗、悪ければ……自身の消滅。
 この追撃がどれだけ困難なものであるか、そしてどれだけ危険なものであるかは考えるまでもない。何しろこの世界に名を轟かせる術士が優秀な参謀を携えているのを追うのであるから。
 自分の死が怖いのではない。相手がどんな人物であるかも分かっている。だがこの追撃を失敗した後のことを考えると、彼は大きな重圧に押しつぶされてしまいそうになるのだ。
 たった二人、かつての同士を追うのに気弱になっている自分を心の中で嘲笑しているのは、複雑に絡み合った己の気持ちを偽るためである。
 きっと彼らは既に奄西関を通過して、導川にかかる橋を渡っている頃だろう。いや、そうであって欲しい、と彼は思った。
 主のペガソスにも言われたことではあるが、二人を止めるために多大な犠牲を払うよりかは彼らが自分たちの手の届かない場所に行ってしまうことの方が正直なところ、望ましい。追いつかない方が良いと言えるかもしれない。それに、そもそもレイヴンとフォティアがどこに向かっているのかさえ分かっていないのだ。西に向かっているのは、彼らの目的地が恐らくは奄であろう、と、予想を立てたからであるからにすぎない。
 しかし、予想とは裏切られるものだ。
 沙琳城の西門の門番の姿が小さく見えるほどのところまで来たところである。道端に座る二人の人影はユノーが一番見たくなかった者のものだった。
 「レイヴン……何故このようなところで」
 「いや、本当に待ちくたびれたぞ」
 レイヴンは殺気立つどころか立ち上がろうともせずにユノーを見上げた。ユノーは後ろをついてくる戦士たちに合図を送って止まらせる。おそらく小部隊は二人を見逃してしまったのだろう。
 「何がしたい、レイヴン」
 「『何がしたい』、か。言うまでもないと思っていたのだがな」
 レイヴンはやっと立ち上がってユノーの正面に立ち、この状況を楽しんでいるかのように目を細めた。
 「俺が命令に応じなかったわけなど決まっている。もうあの場所にいる気がなくなったからだ。俺が今ここにいるわけなど決まっている。必ず来る追撃隊を全滅させるためだ」
 ユノーは返す言葉もなく沈黙した。この男は、主を裏切るだけでは物足りず、自身の名声を立てるに事欠いてこの場で殺戮を行うつもりなのか、見下げた奴だ、という言葉が喉までのぼってきたとき、それを見透かすかのようにレイヴンは笑った。
 「ふん、冗談だ」
 ユノーは怒りに任せて剣の柄に手をかけた。この男はどこまで自分を愚弄すれば気が済むのだろうか。今思えば、僅かな間でもレイヴンを信頼していた己が信じられない。
 「そう、それだ。俺はそれを待っている」
 「思わせぶりな言い方をするな!」
 「思わせぶり?とんでもない」
 レイヴンの顔から余裕の笑みが消える。
 「今言った通りの意味だ。早く剣を抜いて俺を消せ」
 予想だにしていなかったレイヴンの言葉にユノーの片目が細められた。今までユノーが見たどのものよりも真剣なレイヴンの表情が、またすぐに他人の感情を逆撫でする表情に変わった。
 「俺を消しに来たのだろう?其方もそれを望んでいるはずだ、違うか?……俺はこの世界の喧騒に些か疲れた。だから其方の手で消してもらうのを待っていたのだ。それなら俺も其方も、名誉を守れる。先程はフォティアと別れの挨拶をしていたところだ」
 「待て、これは罠か?それとも本心から出た言葉なのか?第一、今の話は腑に落ちない。何故、俺に消されることが其方の名誉を保つことになる?本当にそのつもりなら、自らで責任を取って命を絶てばいい。違うか?」
 「違うな」
 レイヴンは首を横に振り、右手の指を立てるとそこに小さな灯りを灯して何か図形を描くように指を宙に滑らせながら言う。
 「『叛逆の術師は己の消失の瞬間まで叛逆者として在った。叛逆者でなくなることを選ぶより、叛逆者としてかつての同胞の手によって処刑されることを選んだ。』……この方が叛逆者として名を残しやすいだろう?」
 「……黙れ」
 ユノーはレイヴンを下からきっと睨みつけ、力強く剣を鞘から抜き払うと気合を込めて横に大きく薙いだ。レイヴンの満足そうな一瞬の笑みの後、その姿は全ての散り逝く魂と何一つ変わることなく光粉となって飛散する。
 その様子を見ながら、ユノーはただ歯軋りしていた。レイヴンの物言いに腹が立ったというわけではない。彼の希望を易々と叶えてやったことが悔しいというわけでもない。
 「何なんだ!」
 ユノーは虚空に向かって喚いた。背後の戦士たちがその大声に驚いて竦みあがる。ユノーはなおも叫んだ。
 「一体何だと言うんだ!何がしたい!術士というやつはどうしていつもこうなんだ!どうせ、どうせ自身が消滅してなお、レイヴンは俺の気を煩わせるのだろう、俺の手を煩わせるのだろう!ああ良いだろう、その挑戦受けて立ってやる!」
 ひとしきり怒鳴ってユノーはその場に座り込むと、肩で息をしながら暫くそのままで動かなかった。


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あきゅろす。
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