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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第三章:槿花
 
 戦勝後の酔いから醒め始めたフェニックスは今後の一派の行動方針を決める必要に迫られていた。勝ったとは言えど戦とは相当な労力と気力を要する行動であり、直ぐにまた別の行動を起こすなどという無理ができるはずもない。それに何かするにしても、恩人であるファイヤードレイクはあれからこの砦に姿を現していないし、とフェニックスは部屋の隅から琴のような彼の愛器を担いできて卓に乗せた。
 弦の一本一本を順番に弾いていき、その張り具合を確認する。戦の準備で忙しくなってから長い間フェニックスの指とご無沙汰だった弦は幾分緩んでいたが、それでも、その美しい音は彼の部屋に広がっていくようである。
 落ちつかない時や考えがうまくまとまらないとき、フェニックスはいつの頃からかごく自然にこの弦に指を沿わせるようになっていた。弦の張りを調節して爪弾くと澄んだ、それでいて甘い音色が舞い落ちる花弁のように積もってゆく。武人の奏でた音には到底聞こえない繊細な響きが部屋中の物々を震わせ、武器庫で部下たちと物品の数量確認をしていたラオシアの耳にまで届いた。
 「アーバレス……相変わらず、だな」
 ネイブと同じくラオシアもフェニックスの古くからの戦友の一人である。キマイラの後を継いで指導者になるよりずっと以前からフェニックスがあの楽器を気の向くままに奏でていたことを知っている。しかしラオシアがこの楽器の名を聞くとフェニックスは決まってただ一言、知らない、というのであった。仕方がないのでラオシアは密かに、この楽器のことをプラナス、と呼んでいる……プラナスとは世界のどこかに咲いているという薄紅色の花の名である。ラオシアもこの花を見たことは一度もないが、きっとこの音に似た花なのだろう、と思っている。
 プラナスの音色が、今日は心なしか寂しげに聞こえた。
 ラオシアは部下から武器庫の中身の数量報告を受けながらその音色に聞き入っていた。この寂しげな音色は、フェニックスの心の揺らぎを映しているのだろうか?
 昨日、モノケロスの配下だったドレディアを処刑した。いや、処分という方が正しいかもしれない。
 ガイナルは発見されなかった。ラオシアが彼を見る前にはもう消えてしまったのであろう。彼のものであったと思われる剣だけはラオシア隊の戦士が持ち帰ってきたが、それを見せたときのドレディアの表情から察するに、それは間違いない。
 ラオシアは数日、フェニックスへの従属をドレディアに認めさせようと彼を拘束していたが、彼はフェニックスに対する罵倒の言葉さえ発しなかった。これはドレディアに最後に残された自尊心と自由を求めての態度であるとラオシアは悟った。それに気づいていてもなお、ラオシアはドレディアを、自分の手を最後まで煩わせた彼を生かしておきたいと願った。
 しかしいつまでもそのようなことが許されるはずもなく、ラオシアの様子を見かねたフェニックスはネイブにドレディアの殺害を命じた……ドレディアの肩にその細身の剣を乗せたときのネイブの悲痛な表情をラオシアは鮮明に覚えている。長年敵対し戦い続けていた相手であるからこそ、ドレディアを他人だと割り切ることができなかった。
 ああ、今日のプラナスの音色が寂しげに聞こえるのは、アーバレスではなく、私自身の頭がどうかしてしまったせいなのだな。
 ドレディアが最期に見せた表情を思い出しながら、ラオシアは喪失感を覚えて溜息をついた。
 「隊長?」
 心配そうな目が自分を見ているのに気づいてラオシアは照れ笑いで誤魔化す。溜息の中の灰色の雲を、聞こえてくるプラナスの音の中に隠しきることはできなかったのであろう。
 「大したことではないよ、ジュノ」
 最近名前を覚えたばかりの名を呼ぶとジュノディオは頬を掻きながら、そうですか、と答えたが、まだ彼の心配そうな目が自分に向けられ続けていることに気づいたラオシアは彼の名をもう一度呼んで手招きした。
 「少し、話し相手になってくれないか」
 ラオシアは性格に癖のあるフェニックスやネイブに向けられている尊敬とは違った種類の尊敬を隊士たちから受けている。確かに二人のような存在の華やかさはラオシアにはなかったが、最も親しみやすい上官といえば彼のことと言って間違いない。
 「私は、今、悲願の勝利を得た一派の将軍でありながら、まるで敗残の将のように虚無の中にいる。良くないことだな」
 ジュノディオは何と答えてよいか分からずラオシアの次の言葉を待った。しかしその言葉はなかなか現れない。プラナスの音がそこにあるだけであった。
 「お前なら」
 暫くしてラオシアの口から沈んだ声が絞り出された。
 「戦いというものがこういうものだと知ってなお、戦い続けていたい、と、そう思えるか?それとも、そうは思えないか?」
 難しい問いにジュノディオは暫し沈黙した。ラオシアがこういう話をするのが不自然だということは彼の性格から考えれば決してないが、何故か入隊して間もない自分に突然向けられた問いにどう答えれば良いのか分からない。率直な自分の意見を問われているのだろうか、それとも一般的な答えを求められているのだろうか?
 ラオシアはジュノディオの顔を見てふっと笑うと、すまないな、と遠くを見やって言った。それきり彼はしばらく口を閉ざしてしまったのでジュノディオも同じ方角を眺めているしかなかった。
 しかし暫くしてプラナスの音色がはたと止んだかと思うと、待てよ、と怒鳴るネイブの声と共に赤く大きな一羽の鳥が西の空へと飛び立って行くのがラオシアの目に入った。それを見てラオシアはまた、笑顔を見せて詩人のような語りを始めるのであった。



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