火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第二章:兄弟
「兄上、失礼します」
ファイヤードレイクの居室に入ってきたのはスレイプニルだった。夜遅くに主が、否、フェンリルが「帰ってきた」ことを聞いて朝一番にここに来たのである。
が、戸を開けると主が二人いるように彼には見えて彼は口まで上ってきていた言葉を失った。
「どうした、スレイプニル」
容貌の同じ二人の内の、ファイヤードレイクだと思われる方が言った。思われる、というのは、いつものように自分を呼ぶその口調からそう判断しただけだからだ。返答に困るスレイプニルを気遣ってかもう一人が口を開く。
「ということは、この者が……いや、申し遅れたな。玉燐(ギョクリン)のフェンリルだ」
スレイプニルは少しの間言葉を出せずにいたが、やがて何かを思い出したかのように片手を口元に当てて言った。
「お二人は双魂だったのですか。お初にお目にかかります、フェンリル殿」
スレイプニルは自分の二人への無礼な振る舞いを申し訳なく思い、はっとして慌てて頭を下げる。
「ところで兄上、今お話してもよろしいですか?」
「報告書の件だな。構わぬ」
「あの……フェンリル殿は?」
「俺は今、ファイヤードレイクの友人としてここにいる。他言はすまい、というか聞かなかったことにする」
フェンリルと目を合わせたファイヤードレイクが頷いたのを見て、それなら、とスレイプニルは話し始めた。
「では、先ず……そうですね、報告すべきことは全てそこに記しておきましたが、幾つか腑に落ちない点がございましたのでそれについて兄上にご意見を伺いたく……」
「レイヴンについて、だな」
ファイヤードレイクが苦笑する。
「残念ながら、奴に関する質問には殆ど、否、全く答えることが出来ない。ただ一つ断言するとすれば、奴が大胆な行動をとっているにも拘らず何の手掛かりを残すこともないということが、堅実なそして綿密な計画が数十年前から組まれていたことの証である、ということ。其方の考えと同じ結論を出しただけだ」
したたかな鳥だな、と言うフェンリルにスレイプニルは肩を竦めた。自分の主に比べて、フェンリルは物をはっきり言う性格らしい……レイヴンの原形が烏であるということは周知の事実ではあるが、殆どの者が彼には一目置いているために彼のことを烏だの鳥だのとは言わない。それに皆何より、レイヴンの力を恐れているか、恐れてはいないにしても彼のことを警戒しているのだ。
「それでスレイプニル、其方の考えではレイヴンをここに迎える、ということだったが」
「はい。そしてこの状況ならばペガソス殿のご子息もここにお迎えすることができるでしょう。万が一、お二方がそれを快諾してくださるなら、ではございますが」
フェンリルはスレイプニルの言葉を聞いて苦笑した。レイヴンに関しては彼次第だろうが、指導者の息子であるグレイジルがそう易々と他者の、それも年下の相手の下につくだろうか?
「ま、それは難しいだろうな。ところでファイヤードレイク、彼は二人のことについて何か言っていなかったか?」
「それが、この数日は彼とは会話できていない。アスナが天数通りに『ニアジェンシード』に会って以来、呼びかけても一向に返事がないままだ」
大丈夫なのか、とフェンリルはまた苦笑した。
「何がだ」
「彼の事がまず気がかりだ。それに其方、彼の名を出してしまって良かったのかな?」
「問題ない。彼が『ニアジェンシード』と接触したのならアスナと俺の繋がりは確実に読まれているだろう」
それに彼の天数は途切れてはいないからな、とファイヤードレイクは付け加えた。「ニアジェンシード」が誰のことを指すのかは分かったもののアスナがそもそも誰なのか知らされていないスレイプニルは何か釈然としない様子である。無論ファイヤードレイクもスレイプニルのそんな様子には気づいているが敢えて何も言わなかった。スレイプニルもそれを悟って何も問おうとはしない。このまま双方口を開かないのでは空気が重いのでファイヤードレイクはふと思い出したように言う。
「そういえばスレイプニル、隊長とはうまくやっているか?」
「ええ。お気遣い感謝します」
スレイプニルはそして二人に深く頭を下げ、他にお伺いすることを忘れてしまいましたので、とその部屋を出て行った。無論ではあるが、話す内容を忘れてしまった、というのはその場を立ち去る口実である。
機会があればまた会おう、とだけ答えてスレイプニルを見送ったフェンリルにファイヤードレイクは聞いた。
「自分が弟であること、告げなくて良かったのか?」
「いや、もう気づいているように思えてな。初めて会った時から、其方にどこかで見た俺の面影でも見出していたのだろう」
「或は、俺がフェンリルであると勘違いしたのやも」
「ははは、そうなのかも知れないな。今となっては其方はスレイプニルの主。俺が誰であろうと最早彼には無関係だ」
それにスレイプニルが来たのが俺のところではなく其方のところで良かった、とフェンリルは言った。
「ただ、会いに来て良かったとは思う。お互いに何時消えることになるか分からない生き方をしているからな」
フェンリルは大きな欠伸をし、床にごろんと横たわった。
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