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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第十五章:過去と未来
 
 モノケロス本人は逃がしてしまったものの、戦自体にはとりあえず勝って明るい雰囲気のフェニックス陣営からファイヤードレイクは晃來山に戻ってきた。夕刻に蘭英渓谷を発って飛んできたとはいえ、丸い月は南の空に高く上がっている。音を立てないように自室に戻ってみると、そこには思いもよらぬ先客がいた。
 「フェンリル」
 「今帰ったのか。義兄に会おうかと思って来たのだが、其方と勘違いされてしまった。暗くなってから来たのが間違いだったな」
 「それはいいのだが。義兄というと?」
 疲れていたファイヤードレイクは寝台に横になって言った。
 「いや、確証はない」
 フェンリルはそう言って机の前から椅子を寝台の近くに持ってきて座ると、前にしたようにファイヤードレイクの片手を握った。
 「スレイプニル。半分は血が繋がっていると聞いた。だから何だと言う訳ではないのだが、少しその顔を拝ませてもらおうか、とくだらないことを思って来たらこの始末だ」
 「そうか。まあ、くだらないとは思わないが」
 「くだらないな。あと、勝手に見るのは憚られたから読んではいないが報告書が置いてあった。見るか?」
 彼が頷いたのを見てフェンリルは机上からそれを取ってファイヤードレイクに手渡した。
 「それにしても、不在の相手への報告書を置いていくのは褒められたこととは思えないが」
 「いや、そうしておいてくれと俺が頼んだのだ……これはスレイプニルからのものだな」
 半身を起こしてファイヤードレイクは報告書を読んでいく。
 「少し前に、スレイプニルは容姿が似ているからという理由でペガソスの息子と間違われた。その時ここに侵入してきたレイヴンという術士の行動がどうも怪しかった……グレイジルではないと知っていた上で命令に従っているような気がしてな」
 「その話は初耳ではない。それで、結局?」
 「予想通りだ」
 ファイヤードレイクはそのまま報告書をフェンリルに渡す。
 「グレイジルは沙琳城にいて、レイヴンとかなり仲が良いようだ。更に、レイヴンの弟子は……そこに書いてある通り」
 フェンリルが報告書に目を通し終わるのを待ってファイヤードレイクは一度口を閉ざしたが、フェンリルは直ぐにその記述を見つけて書類からファイヤードレイクへと視線を移す。
 「……馬鹿な」
 弟子が不憫だな、とファイヤードレイクは言った。
 「二人が手を組むことによるグレイジルの利点は分かる。先ずは当時ファーブニルの配下にいたセルトという彼の親友がファーブニルとキマイラの縄張り争いの戦地に行って行方不明。そのまま七十二年が経っているから間違いなくセルトは戦死している。彼はキマイラが侵攻してくるとの情報を得て、こちらから攻めるようにとファーブニルに進言したが受け入れられなかった。結果応戦せざるを得なくなったファーブニルの軍の指揮を自ら志願しセルトは出陣し、帰還せず。経緯を考えるにグレイジルがファーブニルに私怨を持っていても不思議とは言えない。ファーブニルがセルトの進言を受け入れて、キマイラに侵攻されるより先に攻め込んでいれば、無理な応戦をすることなくセルトも死なずに済んだだろう。その上、グレイジルはレイヴンをペガソスの元に行かせることで父親の意向を知ろうとしている。恐らくはあの後の戦で戦果を上げて後継者争いに巻き込まれ、嫌気が差したのだろう。グレイジルの失踪はその直後だったようだ」
 ファイヤードレイクは淡々と説明した。
 「ファーブニルも嫌な役回りをさせられているな。しかし全く分からないのがレイヴンの利点。グレイジルに関しては立場が立場だけに情報があったが、レイヴンの話は一切伝わってこない」
 「これは本人が語らない限りは分かりそうにないな」
 フェンリルは紙束をファイヤードレイクに返して浅い溜息をついた。ところで、と彼は言う。
 「これも例の者から得た情報か?」
 「そうだ。色々試してみた結果だが、力を消耗する見返りとしては十分すぎるほどの情報だ。彼に感謝しなければ」
 「しかし彼もよく引き受けてくれたものだ。普通に生きれば指導者の一人となるくらい容易い力を持っているものを」
 本人はそんなものに興味がないと言っていた、とファイヤードレイクは苦笑した。
 「其方に心酔しきっているのかもしれないな」
 フェンリルの言葉をファイヤードレイクは無視した。
 「それより驚くべきは彼の天数だ。まるで意図的に作られたようにさえ思える……しかし自分は〈運命の子〉でも〈導者〉でもない、と彼は言っていた」
 「そうだな。〈運命の子〉と〈導者〉のどちらもまだこの世界にはいない、というのが俺の見解だ。ならばそれに代わる天数を持つ者がいても不思議ではない。彼もそうなのではないか?」
 「さあ……神と呼ばれる存在の真意は俺には分からない」
 ファイヤードレイクは再び横になった。蝋燭の光が天井に黒々と影を落としている。
 「其方、彼の天数は視たようだが、自身の天数は?」
 「彼の天数は頼まれたから視たまでだ。其方なら自分の天数を視るのか?それが其方の問いに対する答えだ」
 「愚問だったようだな」
 「その通り」
 己の未来になど今のところ興味はない、と言って目を閉じたファイヤードレイクを横目に、フェンリルは蝋燭の灯を吹き消して原型に戻ると寝台の下に潜り込んで眠りに落ちた。


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あきゅろす。
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