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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第九章:炎の絆

 フェニックスは近寄ってくる血の匂いに気付き、思わず顔を歪めた。その匂いが誰によるものかは分かっているのだが血の匂いというものは決して心地よいものではない。
 「……ネイブ」
 「アーバレス、やっとだ、もう少しで陥ちるぞ」
 「それは報告で聞いている。だがな、ネイブ、願わくば、一度その身に水を浴びてきて貰えないか」
 「一度は前線で思う存分に戦っていたアーバレスともあろう者らしくない発言だな」
 「今のお前は度を越えている」
 「仕方ないだろう。つい先程、ここに戻ってきたばかりだ」
 苦笑いしつつもネイブは掲げた左手に力を集中させ、自分の頭上に大きな水の塊を作って落下させた。勢い良く落下した水はネイブの全身に付いていた血痕を洗い流した。彼の足元にうっすらと赤いものの混じった水が溜まる。
 「俺にも掛かったじゃないか、ネイブ」
 そういうフェニックスとて幾らかの返り血は無論浴びている。
 「知ったことか。お主にも掛けてやる」
 「そういう冗談はよしてくれ」
 当然だが水は火を消してしまう。
 「まあ、しかし、ここまで優勢を保っていられるのもファイヤードレイク殿のお陰だ。彼には感謝せねば」
 「全くだ。物資の援助に〈モノケロス〉と〈革新一派〉への牽制、果ては火炎龍自身が……」
 「お呼びですか」
 フェニックスが噂をすればなんとやら、と呟いた。背後からこちらに歩いて来ていたらしい。
 「いや、其方の話をしていた。この度の礼を……」
 「とんでもない、お礼を申し上げるべきは寧ろ私の方です」
 「それは?」
 頭を下げたファイヤードレイクにネイブが訊ねる。
 「戦いにしたって、まあ、ファイヤードレイク殿が本気で戦っているわけではないにせよ、殆どが貴殿のお手柄、と申しても過言ではないくらい……」
 「おや、私、本気で戦っていない、など相手に対して失礼なことを申し上げた覚えはございませんが」
 ファイヤードレイクは微笑を浮かべて言った。
 「戦いに参加する以上は、私は何時も本気ですよ」
 「貴殿の場合、ご自分の目標を達することに対しては、確かに本気なようです。昨日も今日も、そうではないでしょうか?」
 「お気づきでしたか」
 「我々も武人ですぞ。貴殿が一滴たりとも返り血を浴びていないことぐらいは……」
 フェニックスはちらとファイヤードレイクを見た。
 「言われてみれば確かに、匂いはするが……おっと、さてはネイブ、お前は火炎龍に対抗心でも燃やしているのか?」
 ネイブは黙っていろ、とばかりに戦友を睨みつけた。図星である。分かりやすい奴だな、とフェニックスは笑った。
 「ネイブ殿、しかし返り血を浴びていないから強い、ということは決してありませんよ。少々ネイブ殿を揶揄して言うならば、私はただ、指導者としての戦いをしただけです」
 「……これはまた意地の悪いことを」
 「お気になさらず。話を戻しますが、この戦いは私の望んでいたもの。本来なら我々が事を起こすべきでしたが、それではフェニックス殿に申し訳が立たないと思ったので無理なお願いをしたまでです。ですから私のほうが御礼申し上げるべきなのです」
 利害が一致しているからな、とフェニックスは言った。
 「しかし……何故この戦いを望んでいたのですか?我々がモノケロスを滅ぼすことが何の意味を持っていたと?」
 「理由?邪魔な相手は消す、それだけです」
 「冷酷な言葉を使って誤魔化さないでもらいたい」
 「ネイブ、待て」
 フェニックスの静止を無視したネイブがファイヤードレイクに静かに詰め寄る。
 「我々のモノケロスとの確執は、元は単なるいがみ合いから生じたものです。貴殿のことだから、それをただ面白がって火を点けた、というわけではない筈。甚だ疑問です。思慮深い貴殿が」
 「世辞は要りませんよ」
 「……いえ。思慮深い貴方が、ただ自身の地位を確立するためにこの戦いを望んだとは到底思えない。では何故?」
 フェニックスは苦々しい顔でネイブとファイヤードレイクの様子を眺めていた。彼がケイオスだという事実を知っているのはまだフェニックスだけなのである。《ガゼル》の一人である彼なら、〈革新一派〉にモノケロスが加わることを阻止しようと……
 「現段階では説明が非常に困難です」
 相変わらず微笑を浮かべたままファイヤードレイクが答える。
 「そしてフェニックス殿、貴方のお考えになっていることもまた、恐らくは本当の理由ではないのです」
「……違うのか?」
「はい、ただ、これは今からでも断言できること……我々は、フェニックス殿、そして皆さんのお心を裏切ることは絶対にありません。そして、いつかまたご協力をお願いする時が必ず来ます、その時には、そうですね、説明は不要になっている筈」
「筈、ですか。……分かりました、ファイヤードレイク殿を信じてその時をお待ちしております。失礼致しました」
ファイヤードレイクは、ご理解いただけて幸いです、と答え、それから赤く染まる西の空を見て言った。
「それにどうも、明日が最後……にはならないようですね」


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あきゅろす。
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