火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第八章:疑心
ファーブニルは陽が昇っていくところを見ていた。どうしたことか、一度目覚めたきり眠れなくなってしまったのだ。
「おじさん」
背後から彼を呼んだのはカリアスではない。
「ちっ……何だグリフォン」
ファーブニルは露骨に嫌な表情でグリフォンを見た。カリアスが自分のことをそう呼ぶのは自然とも言えるから気にはならなくなったが、年上のグリフォンにおじさん呼ばわりされるのは心外である。しかも現在は何人もの指導者がここにいるのだ。
「モノケロスはまだ来ないのか?フェニックスたちに出くわして戦闘になったのはもう三日も前のことだったと思うが」
今では同盟関係にある彼ら〈革新一派〉は、今では諜報活動でさえも協力して行うようになっている。とはいえ殆どのことをファーブニルがやっていると言って差し支えなかったが。
「モノケロスと連絡が取れなくなった」
「俺のところには少し情報が入って来ている」
グリフォンと一緒にここに来ていたらしいペガソスが言った。
「ネイブという将軍に足止めされて到着が遅れている上に敵援軍が晃来山からも現れたとのことだ。我々は独自にも同盟を結んでいるからな、援軍を送ろうと何度も書を送っているのだが、その度に『無駄だ』と断られている……モノケロスの意向を無視して援軍を送るのもどうかと思うのだが」
「それはいつ?」
「今朝入ってきたものだ。ファーブニル、お主にそれを伝えに行こうと探していたら、ここかもしれないとグリフォンが教えてくれたのでな」
「そうか」
ファーブニルはモノケロスのことを思い出しながら答えた。
「送らない方が良いような気がするが……奴の性格を考えると、援軍が欲しければ直ぐにでも要請してきそうなものだ。それなのに拒否し、『無駄だ』とまで言ったとなると」
「俺にはその言葉が気になるんだが。不要、ではなく無駄、と言ったのだろう?つまり」
グリフォンの言葉にペガソスは「そうだろうな」と頷き懐から報告書だと思われる何枚かの紙の束を出した。
「この数日、モノケロスからの書信の内容や情報がどうも曖昧だ。どういう意図かは知らないがあの火蜥蜴がフェニックスに味方しているとなると、容易に事を運ぶことはできないだろうな」
「ファイヤードレイクは」
ファーブニルが苛立った口調で言う。
「何を考えているのか見当もつかない。放っておけ」
「邪魔でなければまあ構うまい」
「お主は楽観的だな……」
呆れを隠さずペガソスは苦笑いする。ファイヤードレイクを放っておく理由がグリフォンとファーブニルの間で全く異なっている。きっとこれからもずっとそうなるのだろう。
砦の方から足音が近づいてきた。
「ペガソス様」
ユノーが両手で封書を持っていた。新たな報告が来たのだろう。ペガソスはそれを受け取って懐の小刀で封を切りいつもより用心深く一字一字を読んでいった。二人はそれをじっと見ている。
「奴が何と言おうと」
ペガソスは書面から目を離さないままで呟いた。
「俺はモノケロスを援けに行こうと思う」
「そうか」
ファーブニルが答える。
「そうだな。火蜥蜴と不死鳥は放っておいて、モノケロスの救援だけを目的とする援軍を出そう」
「いや、俺のところからだけで十分だろう……ユノー、このことはお主に任せる。レイヴンの術なら中小隊の一つや二つ、容易に戦場から離脱させられるだろう」
承知致しました、とユノーは型通りに拱手したがその後ペガソスの耳元で何かを囁いた。ペガソスの表情が変わる。
「それは……事実なのか、それともお主の推測なのか?分かった。人選に関してもお主に任せる。良いと思うようにやれ」
ユノーは再度拱手し、一礼して来た道を引き返して行った。その姿が見えなくなった後にもペガソスの表情が険しいままであることに気付いたファーブニルは、彼の様子を覗いつつ言った。
「誰か、問題でも?」
「そう思いたくはないのだがな……あのユノーが疑いを持っているとなると無視はできまい」
「核心に触れるようですまないが、それはレイヴンのことか?」
グリフォンが大してすまなそうでもなくペガソスに訊く。その表情は先程までとは違う真剣なものだった。
「俺のところのフォティアと、師匠に挨拶に行くと言って出かけている。フォティアを呼び戻せば一緒に帰ってくる筈だが」
「……帰還命令を出そう」
「ペガソス」
「ファーブニル、本来こうすべきでないとは承知の上だ。だが、もし、万が一戻ってこないようなことになれば彼らを疑わざるをえない。モノケロスの救出に行ってもらう、と言えばいい」
モノケロスを生かすのに不都合がある、つまり志を俺と違えているのならば、奴は戻っては来ないだろう、とペガソスは言った。
それにレイヴンなら、自分が呼び出されることが疑われていることの証であると気付くだろう。ならば……
「グレイジルがいなくなる前にも、ユノーはソリッツに何らかの報告をしていたらしい……信ずるに足る」
そう言うとペガソスは一人、足早に砦へと戻っていった。
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