火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第六章:絆、或は忠誠
天蓋山の人員収容力、言い換えるならば地力には目を見張るものがあった。元よりそこで日々を送っている〈ファーブニル〉、半ば強引に天蓋山に居座っているグリフォン一行に留まらず、大勢力である〈ペガソス〉さえも受け入れてなお余力を残している。
大志、そして自らの信念の元に三勢力が一同に会したこの天蓋山で、同じ師に学んでいた親友が約八十年振りに再会した。
「レイヴン!」
彼に与えられていた居室に飛び込んできた者がいた。
「……フォティアか」
「全く、やっと会えたのに素っ気ないな。もう少し歓迎してくれても良いではないか」
レイヴンは手に持っていた書類から目を離そうとはしなかった。
「其方がペガソスの召致に応じたと聞いてからというもの、ずっと話を聞きたいと思い続けていた。其方の選択を否定するつもりはないが……」
「フォティア」
書類を机の上に置いて、レイヴンは初めて旧友の視線を正面から受け止めた。突然向けられた真剣な眼差しにどう対応して良いのか分からずフォティアはレイヴンをただ見つめ返す。
「こっちに来い。このままでは、フォティア、其方は確実に命を落とす」
「一体何を言い出すかと思えば」
「俺は本気で言っている。ペガソスの下につけとは言わないが、少なくとも身を引いてほしい」
レイヴンは立ち上がって腕を伸ばし、フォティアの体を自分の方へ引き寄せた。
「いいか、俺は今ペガソスのために行動してはいない。俺には俺の思惑があって今の地位に甘んじている」
フォティアの耳元で囁くように言う。
「その過程で其方の主は妨げにしかならない。いずれ時期をみて滅ぼす。絶対にな。ただ其方は殺したくない」
「どういうことだ」
「其方がグリフォンの元を去るというのであれば全て話す。ただこれだけは言っておく。我々には仕えるべき有能な主がいる」
フォティアはレイヴンの腕を振り払った。
「突然すぎる。それに」
「自分はグリフォンに忠誠を誓っている、そう言いたいのだろう。確かにそうだろうな」
「分かっているのならば何故、私にそのような提案をする?」
「俺はユノーという奴からもう疑いをかけられている」
レイヴンは自嘲気味に鼻を鳴らした。つい先日ユノーが自宅まで突然押しかけて来て、しつこく尋問されたのだ。
「想定の範囲内ではあるがな。とにかく時間がない」
「それは其方の都合だろう」
「そうだ、全て俺の都合だ。急いでいることも、今ここで其方に選択を迫っていることも。否定はすまい」
其方は昔からそうだ、と呆れたようにフォティアは溜息をついた。八十年たっても存外変わらないものだ。
「私は其方のことを信じてはいる。だから妙な他意を疑っていたりはしていない。だがな、説明してもらえないことには其方の希望に応えてやることは絶対にできない……況してやそんな無茶にしか聞こえない提案であるならば」
「どうやら時間が必要なようだな」
レイヴンがその日初めて笑った。馬鹿にされているように感じてフォティアはむっとする。こやつはいつもそうだ。年上風を吹かせて自分に説教じみた話をする。一応自分の方が年上であった筈なのだが……しかしそんなレイヴンを嫌いではない。
「分かった。急いで決断することを強要はしない。だが会ってもらいたい者がいる。今から同行願おう」
「随分と勝手なことを言うな」
「ここに来るぐらいなら忙しくはないのだろう。沙琳城だ。五日ほど其方の時間を俺にくれ。失望はさせない」
主に何と言えば良いのだ、とフォティアは愚痴のように呟いた。
「サジスタ師の墓前に挨拶に行く。それで十分だろう」
「私は良いとは一言も……」
嫌だとも言ってはいないではないか、と勝ち誇ったような顔でレイヴンはまた笑った。その中に師の面影を見たような気がしてフォティアははっとする。
「其方……」
「どうした」
「いや。その者とは一体誰だ?」
机上を片付ける手を止め、レイヴンはさっきそうしたようにフォティアの耳元に口を近づけてある者の名を囁いた。
「馬鹿な」
「会えば分かる。彼は俺の同志であり、友人であり、陰の謀略家であり、姿を現すことなく世界を動かしている者だ」
「其方の言った『仕えるべき主』というのは?」
「彼ではない。彼のことは同志だと言った筈だ」
レイヴンが事実を述べているとするならば、それは極めて重大なことであり、現在の情勢を大きく覆すこととなる。しかし……
「分かった。其方に騙されたと思って沙琳城まで同行しよう。
ただし一つ条件をつけさせてもらう」
「言ってくれ」
「そこで全て話してくれ。其方の思惑とやらも、想定も、我が主がその妨げになるという理由も全て、だ」
レイヴンが頷いたのを見て、フォティアはグリフォンに暇をもらうために一度親友の部屋を後にした。
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