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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第二章:闇に呑まれる感覚
 気がつけばファイヤードレイクは寝台に横になっていた。とはいえ両手足は縛られていて自由ではない。いくら「ペガソスの実子」とはいえど、意志に反して無理矢理に連れて来たのだから当然と言えるだろう。この場所が一体どこであるのか彼には分からなかった……というのもそこがペガソスの本営、瑛鶴山の砦ではないように思えたからである。恐らくはそこに戻るための中継地点なのだろう。
 グレイジルだと偽りその場の機転でここへ来ている彼だが、全くの行き当たりばったりという訳ではなかった。レイヴン達がスレイプニルを狙っていたのは百も承知だったのである。だが流石のファイヤードレイクもそれがいつなのかまでは分からなかった……昨晩灯りを点けたまま机に突っ伏したまま転た寝してしまったのは偶然であったが、そのお陰でここに来ることができたようなものである。つくづく運が良いな、と彼は思った。
 「グレイジル様」
 部屋の戸を開けて誰かが入ってきた。もう明るくなっている。顔を見られれば正体が露見するのではないかとファイヤードレイクは思ったがその心配はどうやら無用だったようだ。
 「お初にお目にかかります。私はレイヴン様の部下、アルテナと申す者にございます……レイヴン様がお会いしたいそうです」
 「レイヴンが?」
 アルテナはファイヤードレイクの足を縛っていた縄だけを切りはじめた。
 「ええ。お父上様からのご言い付けですので、申し訳ございませぬが手はそのままでご辛抱下さい」
 「構わない」
 本当にどちらでも良かったのでファイヤードレイクはそう答えた。確かにあのペガソスの息子なら両手の自由を奪われることは「危険」なのだろうが自分には何の不都合もない。レイヴンに会えば間違いなく、自分がグレイジルでないことが露見するだろう。だがその時は最終手段に出れば良いのだ。
 「失礼致します」
 アルテナが縄を解き終わった頃にレイヴンが部屋の戸を叩いたのが聞こえた。会うより先に縄を切らせたのは彼の心遣いだったのだろうか。ファイヤードレイクは寝台から降りて身構える。
 「アルテナと言ったか、少し俺から離れていてくれ」
 「あ、いえ、私はこれで」
 「そうか、お役目ご苦労」
 グレイジルならこういうことを言うのだろうか、とファイヤードレイクは慣れない言葉でアルテナを見送った。彼と入れ違いにレイヴンが入って来る。
 目が合った。
 「そ、其方」
 レイヴンの手が剣の柄にかかる。たが一度思い直したように溜息を吐くと、その手を剣から離してファイヤードレイクに掌を向けた。
 「折角だから利用してやるとしよう。屈辱と失意の内に果てるがよい、火蜥蜴」
 「火蜥蜴?」
 ファイヤードレイクはいつものような不敵な笑みを浮かべている。
 「成程、私は蜥蜴と同じ類だと思われているという訳ですか」
 「狡い其方には火蜥蜴の名が適当だというものだ」
 レイヴンは評判通りの冷めた男だな、とファイヤードレイクは思った。瞬時に的確な判断を下すということにおいてはキヌス以上かもしれない。なかなか面白いではないか、しかし……
 「レイヴン、貴方の不運は、ここにキヌスではなく私を連れて来たことです」
 「キヌス?」
 「貴方が『火蜥蜴』だと勘違いした相手ですよ。ともかく私は帰らせて頂きます」
 帰らせるものか、と言ってレイヴンはファイヤードレイクに向けていた掌を上に向けた。するとまるで水が溢れ出すかのように、大量の黒い液体が噴き出された……それは二人を覆うような球体を為し、その中と外部とを完全に遮断した。
 「見事な術ですね」
 「正攻法は其方には通用しそうもないからな。確実に仕留めるにはこうするのが一番だ」
 レイヴンの言葉を聞きながら、ファイヤードレイクは感覚が薄くなっていくのを感じた。夢の中にいるかのような曖昧さが徐々に自分を覆っていく……これがこの空間の特性なのだろう。このままでは……ファイヤードレイクは縛られたままの両手に意識を集中させた。
 「その通り、かもしれませんね」
 言い終わると共にファイヤードレイクの両手から深紅の炎が噴き出して縄を焼き切った。それから彼は唇を血が滴り落ちる程強く噛んだ。無理に感覚を取り戻そうとしているのである。
 「凄まじい執念だな」
 レイヴンの皮肉にファイヤードレイクは微笑み返す。
 「ところでお聞きします。沙琳城に腕の立つ漆黒の術士がいる、というのは貴方のことですか?」
 「それが何だと言うのだ」
 「やはりそうですか。では貴方には弟子がいますね?今も繋がりがあるのでしょうか?」
 レイヴンは少し黙っていたが、やがて下ろしていた腕を再びファイヤードレイクに向けて言った。
 「其方には関係のないことだ。答える義理はない……眠れ」
 レイヴンの術にかかりそうになりながらもファイヤードレイクは耐えた。五感を強力な抑圧が奪っていく。それでも彼が屈することはなかった。
 「私も……術士ですからね。しかし久し振りに身の危険を感じましたよ……」
 ファイヤードレイクが掌を球体の黒い底に押し当てると、そこから球体は溶けるように消えていった。
 「馬鹿な」
 「これから先、貴方を脅威と感じることがあるかもしれません……来てみて成果があったというものです」
 レイヴンは圧倒的なファイヤードレイクの力に気圧されてただ立っていることしかできなかった。
 「……スレイプニルはお探しのグレイジルではありません。もしそうだとしても彼の意思でない限りは貴方がたに彼を渡すことはない、とだけ言っておきましょう」
 球体は殆ど消えている。ファイヤードレイクは寝台を踏み台にして窓枠に飛び乗った。
 「ま、待て……その下は崖だ。飛び下りるのは無茶というもの……」
 「そうでした、残念ながら私は火蜥蜴ではありませんよ」
 ファイヤードレイクは微笑んで原型に戻ると、紅き火炎龍の姿をレイヴンに見せつけるように飛び去って行った。



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