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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第一章:アーバレス

 〈フェニックス一派〉は今では珍しく、渓谷の底に砦を構えていた。普通に考えれば低地に拠点を置くのは得策ではないが、何万年も前に沼地を干上がらせて得た土地で、何代もの指導者に引き継がれて来たのである。直系ではなく有能な部下へと譲り渡され、そこで新たな指導者が生まれる。フェニックスもその一人であった。彼は指導者となるまで先代キマイラの部下で、名をアーバレスといった……そのため彼は今でも、しばしばアーバレスと呼ばれる。
 「ああ…〈モノケロス〉との戦闘がこんなに長引くとはな」
 フェニックスは目の前に置いた楽器の弦を撫でながら言った。彼の補佐役として常に彼の部屋にいるネイブは、いつものようにそれを呆れた表情で見ている……フェニックスは結局、その美しい音色を部屋に響かせ始めるのだ。
 だが今日はいつまで待っても、音は聞こえて来なかった。
 「今日は乗り気になれないな…ところでネイブ、『行方不明』の話は聞いたか?」
 「行方不明?誰が」
 古くからの戦友に気を遣う必要はない。フェニックスもネイブのこの態度をありがたく思っていた…実は彼自身、上下関係を作るのを嫌っている。だって面倒じゃないか、と言ったことさえあった。
 「お前には興味が無いことかもしれない。《ガゼル》の一人が《断罪》に向かったまま帰って来ないらしい。名前はなんだったかな…お前に似ていた気がするが」
 「そんな情報で分かるか」
 「頑張って考えてくれよ……あ、思い出した、ケイオスだ」
 「誰だ、それ?まあいずれにせよ俺には関係ないがな。我々の知ったことか」
 ネイブは無関心に言った。彼は《ガゼル》を良く思っていない者の一人である。むしろフェニックスがこの話題を持ち出した理由が彼には分からなかった。
 「全く、進歩の無い奴だな」
 だからフェニックスがそう言った時もネイブは少し腹を立てた。
 「どうしろと言うのだ」
 「奴が死んだとは思えない。そうしたらやるべき事は一つじゃないか。司祭より先に、ケイオスを探し出す」
 ネイブは聞き間違いだと思った。フェニックスはいつも突拍子のないことを言って彼を驚かせる……今回もネイブは「何を言っているのだアーバレスは」と思っていた。
 「よし、行ってくるか」
 「は?」
 「安心しろ、前のように人前で原型を現して騒ぎを起こすつもりはない。ここはお前に任せるよ」
 そう言いつつもフェニックスは窓を開け、不死鳥に姿を変えると飛んで行ってしまった。
 「おい待てよアーバレス!」
 訳の分からないまま置いていかれたネイブは窓から身を乗り出して怒鳴ったが、既に不死鳥の姿は空高くにあった。舌打ちした彼は追いかけようと思い一瞬だけ原型の姿に戻ったものの、諦めて座り込む。
 「はあ……」
 いくら原型になったところで空を飛べない自分が、あのフェニックスに追いつける訳がない。アーバレスが何を考えているのかは全く分からない……しかし今まで戦友の判断が間違った事がないことを思えば、任せてみるか、との気にもなれた。
 ネイブは頭を抱えていた手を離すと、立ち上がって部屋を出て行った。



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