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十五年越しの殺意(外村駒也)完
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 岡部は、東京行きの東海道線の電車内にいた。たった今、横浜を出て、次の停車駅の川崎へと向かっている。
 尾行の対象である清水は、同じ車両の隣のドアの前に立っている。
 岡部は清水と直接会ったことはないため、顔が割れている可能性は極めて低かったが、一応尾行に気づかれない為に必要なだけの距離としてドア一つ分離れていた。
 だが、岡部の頭の中に、東海道線がいかに混雑するか、が入っていなかった。
 清水はドアの前に立っているが、岡部は電車に詰め込まれた形で、ドアからはかなり離れた、奥の方に乗っていた。これでは、ドアが開いた瞬間に清水を見失う恐れがある。唯一岡部を安心させているのは、清水が尾行に気づく素振りを見せていないことであった。少なくとも現段階では、岡部が故意に撒かれる心配はない。
 しかし、清水はどこへ向かっているのだろうか。
 事件の推測などもふまえた上で、常識的に考えるとすれば、新日本橋にあるN商事の本社ビルに向かっているのだろう。県警の鈴木刑事と会ったのは、清水を介して、鈴木から渡嘉敷に用件があったのか、もしくはその逆で、結果報告を清水が担っているのかも知れない。動きの確認の意味も含まれていたに違いない。
 だが、そうだとしたら、横浜で横須賀線に乗ればよかったのではなかろうか。わざわざ品川、新橋、東京のいずれかの駅で乗換えをするくらいなら、最初から乗り換えておけばいい。その上、品川から先では、横須賀線は地下に入ってしまう為、乗換えが非常に不便である。品川でさえも、駅が非常に広いため、やはり不便である。
 このように考えると、行き先はN商事ではない可能性が大きくなってしまう。
 すると、清水はどこへ向かっていることになるのだろうか。N商事以外に行く可能性のある所はどこだろうか。
 それとも、東海道線を利用しているのには、何らかのほかの理由、例えば尾行を撒きやすいなどといったこと、があるのだろうか。
 そういった結論の出ない思考が、岡部の頭を完全に支配していた。
(この状況は、武井警部に報告すべきだろうか。)
 と、不意に岡部は思った。
 清水が動きを見せたら尾行をするように言ってきたのは、確かに武井警部である。従って、岡部が今現在とっている行動は、全く問題はない筈である。
 しかし、自分と河西の二人だけで尾行をするという判断に間違いはなかっただろうか。相手が二手に分かれてもなお、余裕を持って尾行をできる体制を整えられなかったのは、自分の責任ではなかろうか。そういった考えが、突如として岡部の頭に浮かんだのである。
 だが、ここで一つの問題が、岡部の頭に浮かんでいた。
(もし、武井警部に連絡を取るとして、どのような手段をとればよいのだろうか。電話は、電車内だということもあるが、何より清水に尾行がばれてしまうため出来ない。他の手段は……)
 次の駅で降りて電話をするなどといった話は、言うまでもなく論外である。清水から目を離さず、尾行を続けられる連絡手段が、岡部には求められた。
 岡部が考えた末に行き着いた結論は、メールであった。確実に連絡を取れることは間違いない。次の駅に着くまでならば、清水も行動は起こせない。最初に考えてもいいような連絡手段である。
 だが、岡部は武井から、メールの使用は極力避けるよう求められていた。届いたメールをすぐに武井が見る保証はどこにもない上、状況の説明がしづらく、誤った判断を生みかねない。何より、迅速な行動が取れない。
 しかし、自体は急を要すると判断した岡部は、仕方なくメールで武井に連絡をとることを決めた。
 しかし、岡部の決断は少し遅かった。
 電車は既に川崎駅のホームに入り、停車しつつある。清水の動向を見守るより他はなかった。
 だが、事態は最悪な方向を辿ったのである。
 電車のドアが開いた瞬間、清水が先に行動を起こした。
 岡部は一瞬、清水の姿を見失った。辺りを見回して、やっと見つけた清水は、階段の先に消えようとしていた。
 何とか、清水の後を追けることは出来たが、岡部は気がつくと、南武線の電車に乗り込んでいた。立川行きの電車である。
(尾行がばれたのだろうか。)
 岡部はそう思いながら、やはり一つ隣のドアの近くにいる清水の表情を窺った。しかし、清水は岡部の方を気にかける様子もない。
(気づかれていないとしたら、撒こうとした訳ではないのか。それならば、一体清水はどこへ向かっているんだ。)
 そうこう考えている内に、電車のドアは閉まり、川崎駅を出てしまった。

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あきゅろす。
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