十五年越しの殺意(外村駒也)完 ページ:10 翌26日、岡部は、今川の高校時代の写真はないかと、彼の通っていた県立多摩高校を訪れた。 今から17年前に、今川が入学した当時の写真を探す為である。 当時も勤めていた教員は、残念ながら一人も残っていなかったが、校長室に残されていた資料から、今川の顔写真を手に入れることができた。 次に岡部が向かったのは、今川の当時の担任である。丁度2年前に定年退職し、そのときの住所は、東京都立川市であった。 まだ元の住所に住んでいるのだろうか、などと思いつつ、多摩高校の職員に教えて貰ったところを訪ねると、表札には「薗田」の字が書かれていた。 呼び鈴を鳴らすと、少しして初老の男性が顔を出した。 「県立多摩高校に勤めていらっしゃった薗田さんですか。」 「ああ、そうだが、どちら様かな。」 「警視庁捜査一課の岡部と申します。実は、薗田さんが教えていらっしゃった今川周平という生徒のことについて知りたいのですが……」 「……今川周平ですか。いつの生徒でしょうか。何しろ多摩高校では20年近く教えていましたから。」 それもそうだな、と岡部は思いながらも、薗田が何とか今川を思い出すヒントはないものかと、思考をめぐらせた。 「えーと、そうですね、今から15年ほど前の、薗田さんのクラスの生徒なんですが、高校3年の7月頃に突如失踪してしまい、現在も行方不明の方です。」 と、岡部が説明すると、薗田は思い出したようだった。 「ああ、あの生徒ですか。もちろん、憶えていますよ。忘れる訳がありません。なんせ、彼の失踪で警察の方にいろいろ聞かれましたからね。」 「そうでしたか。彼はどのような生徒でしたか。」 「非常に強い意志の持ち主でした。自分が正しいと思ったことや、倫理的に正義となると思うことは、絶対に譲りませんでしたね。」 「何か一つのことに執着することはある方でしたか。」 「難しい質問ですね。確信は持てませんが、比較的一つの事柄を引きずる性格だったのではないでしょうか。」 「それはどういうことでしょうか。」 「そうですね、確か、彼が高校2年の冬のことだったんですが、友人との喧嘩で中学1年の頃のことを引き合いに出して口論していたんですよ。」 「そんなことがあったんですか。結構、執着心が見て取れますね。」 「まあ、本人としては、相手の間違ったことはいつまで経っても受け容れられなかったのでしょう。」 と、薗田は笑って言った。 薗田の家を出た岡部は、武井警部に報告するために捜査本部へと戻った。 しかし、武井は自ら捜査に出ているのか、姿は見えなかった。 しばらくの間、得た情報などを整理していると、一本の電話が掛かってきた。青木修平の高校時代の写真などが、石川県警からFAXで送られて来た。 それを見た岡部は、一瞬目を疑ってしまった。 (何だ、これは。今川そのまんまじゃないか。彼ら二人のどこが違うんだ。) [*前へ][次へ#] [戻る] |