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十五年越しの殺意(外村駒也)完
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 翌4月1日、武井らは朝早くから集まり、稲城長沼駅の時刻表と、南武線の路線図と向かい合っていた。
 前の晩に岡部が指摘していた通り、5時54分に川崎行の電車はあるが、同時刻の立川行の電車がないのである。
 これでは、岡部が実際に遭遇した出来事を説明付けることができない。
 電車の遅延なくして、時刻表にない時間に電車がホームに止まっていることはない筈なのである。
 誰もが考え込んでいた所へ、武井がはっとしたように言った。
「岡部君、君が乗っていた電車は、立川行だったのかい。」
「立川行だったか、ですか。……考え直してみると、あまり自信がありませんね。しかし、川崎行がホームを出るのとほぼ同時に、下り線の電車も発車しましたから、立川行だったという訳ではないんでしょうか。」
 と、岡部が言うと、武井はにやにやしながら言った。
「恐らく、その電車は立川行ではなかったのだろう。」
 そこまで聞いて、傍にいた津野も納得した表情を浮かべた。
「なるほど。そういうことだったんですか。考えてみると単純かつ当然のことですね。」
 しかし、岡部や吉岡は、未だに何のことやらさっぱり分からない様子である。
「答えは簡単だ。岡部君が乗っていたのは、稲城長沼止まりの電車なんだよ。時刻表というのは、電車の発車時刻を示すものだから、いつ到着したかは載らない。つまり、稲城長沼の時刻表に、当駅止まりなどは表示されなくて当然なんだ。」
「しかし、電車がすぐ発車したというのは……。」
「それは、南武線の運行本数が多いからだ。次の電車が来てしまうから、すぐにでも車庫に入れなければならない筈だろう。」
「じゃあ、やはり稲城長沼止まり……」
「そう見て間違いないだろう。詳しいことは川崎駅の時刻表でも見れば分かる筈だ。私が言った通りの電車があるに違いないからな。」
 と、武井は言った。
「確かにありますよ。」
 津野はそう言って、武蔵小杉の時刻表を差し出した。
「何で武蔵小杉なんだ。俺が昨日、取ってきた時刻表は、稲城長沼のものだけだぞ。」
 と、岡部が目を白黒させて言った。
「それは知っています。これは僕の手帳にずっと挟んである物ですよ。僕は一応、南武線武蔵小杉駅の利用者ですから。」
 と、津野は笑って言った。
「武蔵小杉から稲城長沼までは、確か24分の筈でしたが、ちょうど午後5時30分に稲城長沼行の電車が武蔵小杉を出ています。警部の推理は間違いないでしょう。」
「だが、そうすると、君は最初から気付いていたという訳か。なぜもっと早く言ってくれなかったんだ。」
「いえ、僕も稲城止まりの電車をすっかり忘れていたんです。正直言って、稲城長沼は何もなく、詰まらない駅ですから。稲城長沼に車庫が存在する理由も解せないぐらいです。」
「ともかく謎は一つ解けた訳だ。残る問題は、清水がいかにして川崎行に乗り込めたか、だろう。」
「今すぐに稲城長沼に行って試してみたいですね。」
 と、岡部が意気込んで言った。
「焦ってはいけないよ、岡部君。私も今日中に行く心算だったが、昨日は日曜日だったから、同一のダイヤで運行される今週末の土曜日まで待つより他はないだろうね。今はそれよりも、君たちには青木と渡嘉敷の監視を強めて欲しい。私が先手で仕掛けたから、近い内に動きがある筈だ。何があっても、これ以上人に死なれてはいけないぞ。」
 と、武井は命じた。

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あきゅろす。
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