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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「協力」
アラシュはスカウト兵を幾度かやり過ごし、陸海軍基地に到着した。そこで見張りをしていた隊員に話しかけたが、彼はアラシュが聞き出した程度の事も知らないようだった。曰く、彼は帝国の旗を掲げた小隊が戦意の無い事を示しながら首都ソノスに向かおうとしている場に立ち会ったが、その時は首都ソノスに向かうまで武力は行使しないとしか発言しなかった、と。帝国兵の話と一致する為、嘘とは思えない。帝国の機嫌を損なえないとして、あまり深く聞けなかったのだろう。
隊員に礼を言うと、アラシュはソノスへの足として、近場の駅に向かう。
しかしそれは四人の男によって阻まれた。八つの赤い目が鋭く彼を射抜く。男らはガゼルだった。

何故ここにガゼルがいる。本来ガゼルはトース条約に抵触するのを恐れてトースから出る事は無かったはずだが。それとも王族だろうか。力を解放しているのか。それなら何故普通の人間であるアラシュの前で。
思考を空回らせていると、四人の内の一人が歩み寄ってきた。アラシュは警戒し、右手を剣の柄に掛ける。それを見た男はおどけた様子で両手を挙げた。
「我々は君に危害を加えるつもりは無い。ただ仕事のついでに、伝言と君に渡したい物がある。君が忌み嫌っているミュールドのものだが、聞くだけ聞いてくれ」
 関係無いはず無いと思っていたが、案の定ミュールドの名前が出てきた。彼が最もこの世で禍々しい印象を抱く男の名だった。しかし彼の二年前の体験が、その名前から逃げる事の無意味を、その名前と対峙する事の意味を彼に教えた。だから彼は男の話を促した。
「ああ。聞くとするよ」
 男は無駄を省こうとするかのように、情報を羅列させた。
「まずは伝言。ダクラが帝国の襲撃にあっている。抵抗はしているが、相手は新型の対生物捕獲兵器を装備しており、いつ捕獲されるか分からない状況だ。場所はハイルドの小屋の下にある村。一応地図も持っている」
 そういって男は折り畳まれた紙を差し出した。渡されたのでアラシュは受け取り、契約書と一緒のポケットに入れる。それは相手の渡すという意思に反応しただけで、相手の情報を自分のものとして受け取れたという意思表示とはなりえなかった。ダクラ、帝国、対生物捕獲兵器。それらの言葉が何の繋がりも無く頭を徘徊し、交差する事無く捩じれる。動かせば動かす程擦れ違っていく。
「言葉が足りな過ぎる。もっと分かり易く説明してくれ」
「それ以前に君が何処まで知っているかが我々には分からない」
 尤もな返答だった。効率的な説明の為には何処まで省けば良いかの判断材料が必須だ。アラシュは男に、帝国の兵士から聞いた事を話した。それを聞いて、男が説明を補強する。
「その最高司令部は将軍に、トースの領有を要求した。一週間、トース州境をノメイル兵に包囲してもらうという追加注文付きで。将軍から見ればトースを厄介払い出来、オルスは開放して貰える、と良いとこ尽くめなので二つ返事だったそうだ。そして最高司令部の方はトース沿岸で待機していた艦隊に指示を送り、上陸した艦隊は沿岸からじわじわと内陸に向かって、前述の兵器で侵攻中。一方トース近海の不審な艦隊の調査に向かっていたダクラは丁度その侵攻に鉢合わせてしまっている。全く、最悪のシナリオだ」
「何故帝国はトースにそこまで固執する」
 顛末の動機が説明から欠けていた事を相手に指摘する。
「ガゼルの軍事利用だ。どうやって戦場に投入するかは不明だが、帝国が回りくどい兵器を使ってガゼルを殺傷では無く捕獲しようとしている理由としては、これぐらいしか考えられない。それに二年前、帝国はガゼルを写真に収めている。それが判断材料になったかもしれない」
その返答はアラシュの想像を凌駕していた。ガゼルは武器を必要としない、使用に耐えうる武器を見つけられない程に超人的な身体能力を誇っていたはずだ。それ故に人間から恐れられ、距離を取らざるを得なくなった。しかし今、ガゼルは人間に接近されている。体力の差を補って余りある兵器を前に、兵器として使われる為に。ガゼルが人間の強大さが故に逃げ惑っているのだ。過去の人間がガゼルに対してそうだったように。そしてその武力における転換点は、ダクラをも襲うだろう。彼女も、自分の無力に絶望する。
「ダクラの所へ行く。あいつは半分だけだろうと、俺の妹だ。見捨てておく事は出来ない」
「なら、あとは物だ」
言って後ろを振り返ると、後ろの男が背後から何かを取り出し、アラシュに差し出す。今まで背中に括り付けて持っていたようだ。それは頑丈そうな細長い箱だった。全長半リーゲル程もある。それ自体の錠の上から更に太い紐で締め付けられている。まるで箱から出ようとする何かを中に押し込みながら巻いたように。その執拗な封のされ方が、箱に禍々しい空気を纏わせていた。
「ダクラを助けに行くなら、これを使えと。もし使うなら、早めに使った方が良い。早く目的地に着けるはずだ。ただ、開ける時、使う時は可能な限り周りに人がいない状況で。地図には人気の無い道を選んだルートが書いてあるので、それを参考に。以上。もう伝える事は無い」
言うと、男らは裾を翻し、港の方へ去っていった。男らはそれぞれの使命を受け、そしてそれを遂行するのだろう。男らの行為の結果を知るのは後の事だ。後に残されたのはアラシュと、細長い箱だけだった。使う事の利点ばかりでその実態は全く分からなかったが、彼はその中身に、それを見る前から惹かれた。反射のように、欲望のように、そして遺伝子に刻み込まれていたかのように。
辺りを見回す。基地と町の間は人口の空白地だった。箱を地面に置くと、彼は箱を縛りつける紐を解いていく。それは幾重にもきつく巻かれていた。全ての紐が地面に落ちると、箱の側面に錠が姿を見せる。鍵穴はあるが、肝心の鍵が無い。男が渡し忘れたのかとも思ったが、男に渡された箱以外の物に気付き、ポケットから取り出す。折り畳まれた地図の中に鍵があった。それを手に取り、錠に差し込む。後は回すだけだが、アラシュは逡巡した。
早く目的地に着けるというのは、どういう事だ。生き物なのか。それに周りに人がいてはいけないのは何故だ。存在そのものが危険な物なのか。
開けるのをとめる声。それに開けるのを促す声が覆い被さる。
これを使えばダクラを助けられるかもしれない。なら使わない理由は無いではないか。俺はこの中身を知っている。これはお前の一部だ。これを使えば、お前は完全になれる。本来あるべき姿へ。
アラシュの中を、目の前の箱の中身に対する疑念が渦巻いていく。そして彼の手は、誘惑に負け、鍵を回した。
錠が外れ、蓋を細長い何かが握った。

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あきゅろす。
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