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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「霧季」 遠征初日 午後五時 レトフランシェ
ふと貴賓室の前で窓から遠方を眺める。
夕方のソノス城からは霧で何も見えなかった。この季節は長期的に湿度が上がり、霧が一カ月以上続くことも珍しくない。
あんな人工的な風景、見たくも無かったけど。特に夜遅くまで煤に塗れた空気を吸わされている根源なんか。
城の周りを囲む上屋敷のすぐ向こうには城下町が広がる。そこでは将軍の命で輸出用の武具を作っていた。勿論鍛治には炭を燃やすことが必要だ。そしてその気管を侵食するような排気に私は閉口させられていた。
しかし今、それは何の関係も無い。今はその考えに蓋をしておく。

ドアをノックし、私の名前を告げた。
「どうぞ」貴賓室のドア越しに入室の了解を得る。
私が扉を開けるとそこには膝に肘を載せ、前屈みに座す帝国交渉官の姿があった。極度に痩せ、目も眼鏡の縁も、その背に負けず劣らず細い。名はギロン。
傍には籠に入れられた数羽の鷹がこちらを睨みつけている。そういえば鷹も、帝国同様、何かと素性がよく分からないものだ。三十年前に突然発見されたと思いきや、急に繁殖してしまった。今では総数五万羽にも及ぶだろう。生態系への影響も相当あるに違いない。過去に寵愛していた鳩を噛み殺されたのを思い出し鷹を睨みつけるが、そのことはひとまず意識の片隅に追いやり本題に移る。
私は、義理の父、ガロレイド将軍の承諾を得て、帝国使節交渉官ギロンとの面会に臨んでいたのだ。それを忘れるようなことはあってはならない。
「何の用かな。質問があるなら急いでくれ。忙しいのだ」
「では単刀直入に申し上げます。貴殿は部隊についての情報をどのような形で得るつもりなのでしょうか」
ギロンの薄い眉が心なしか動いた。
「何故そのような質問をするのか理解に苦しいが」
「疚しいことが無いのでしたら、答えるのに問題は無いのでは」
一瞬の躊躇いを経て、ギロンは口を開いた。
「分かった。答えてやろう。部隊に同伴している監視官スペクタには二十四羽の伝書鳩とカメラ(編者註・湿板写真機。乾板写真機が登場するのは二十年後)を持たせてある。証拠写真を撮り、送れるようにだ。さあ、これで十分だよな。ノーとは言わせんぞ」
「分かりました。しかし何故そのように大量の鳩を持たせるのでしょうか」
「緊急時に備え、予備の鳩を多く持たせておくことのどこが不自然なのだ。情報の確保する上では当たり前だろう」
これ以上の質問は無益であろう。ギロンはいくらでも黙秘する事が出来るから。
「そうですか。分かりました。今回は御面会頂き、ありがとうございました」
形ばかりの礼を述べ、部屋を後にする。ドアが閉まる時、私は直感した。
もしかしたら、この件は厄介な変貌を遂げるかもしれない、と。

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あきゅろす。
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